生命はどこからやってきたのか?
3,000年ものあいだ人類が抱いてきた問いに決着をつけようと、今、科学のメスが入ろうとしています。
考えられるのは主に2つのパターンです。
1つは、この地球上で生まれたとする考え(化学進化説)。
もう1つは、宇宙から飛来してきたとする考え(パンスペルミア説)。

そろそろこうしたことを調べられる時代になってきたし、決着をつけられるかもしれない。
惑星科学者の松井孝典さんは、生物が本当に宇宙から飛来してくるかどうかを調べるために、今、大気圏外まで気球を飛ばして生物を捕獲するプロジェクトを進めています。
宇宙から生命が降ってくるなんて、なんだかすごい話のようですが、これが実は生命誕生についての、今、いちばん有力な仮説。
そこらへんのことを知るには、松井さんの著書「スリランカの赤い雨」を読むのがいちばんですが、以下にかいつまんで紹介してみますと…
スリランカの赤い雨
(角川学芸出版)

2012年、スリランカで断続的に降った赤い雨の中から微生物細胞が見つかる。雨と同時期に周辺では隕石落下が目撃された。微生物は宇宙から降ってきたものなのか?
その正体を巡り、宇宙空間を生きる生物の可能性などを論じた本。
宇宙空間でも微生物は何年も生き延びる。
月面に軟着陸させた探査機から何年もしてカメラを持ち帰った際、そこに付着していた微生物が生き延びていた。地球から打ち上げられた探査機にはバクテリアが付着し、探査機とともに宇宙を旅している。(p.97)
宇宙空間には有機物が満ちている。
かつては考えられなかったが、隕石からアミノ酸が見つかるなど今では描像はまったく変わり、宇宙が有機物に満ちていることがわかってきた。(p.105)
宇宙が無限に続くとしたら、どんなに確率の低い現象でも必ず1にできる。
酵素というたんぱく質だけで10の4万分乗の1という低い確率でしか作れないため、地球という小さな時空間で生命が誕生した確率を考えるのは難しい。ところが宇宙で生まれたとすれば、広大な宇宙史の中でたった一回偶然が起こればいいということになる。(p.101, 140)
どうでしょうか。ちょっと興味が出てきませんか?
それでは、インタビュー始まりです。
岩田 和憲
松井 孝典(まつい たかふみ)さんのプロフィール

1946年、静岡県生まれ。
理学博士。東京大学名誉教授。
日本における惑星科学の第一人者。海の誕生を解明した「水惑星の理論」などで世界的に知られる。
2009年4月より千葉工業大学・惑星探査研究センター所長。
生命の起源を探るアストロバイオロジーの研究プロジェクトを進めている。
おもな著書に「地球進化論」「宇宙誌」「地球システムの崩壊」(毎日出版文化賞)「スリランカの赤い雨 生命は宇宙から飛来するか」など。
工業大学で理学研究!?
松井 孝典(以下、松井)
千葉工業大学から“松井研究所”を作ってあげるという提案があって、そこで「何をやってもいい」と言うから、

岩田
ここ(惑星探査研究センター)のことですか?

松井
ここの研究所。
じゃあアストロバイオロジー(※1)をやろうと思ったんだけど、ここ、工業大学なんだよ。工学部しかないんだよ。理学部なんてないんだよ。
わたしがやってるのは理学。理学部の人が来て研究所を作っても、ここにいるほかの人が協力できないじゃない。
※1:アストロバイオロジー

宇宙における生命の起源、進化、伝播などを研究する学問のこと。
岩田
はい。

松井
じゃあ、研究のゴールはアストロバイオロジーでも惑星探査っていうふうにすれば、これはロケットから衛星からリモートセンシングから、工学なわけだ。
目的は生命の探査でも、惑星探査用のロボットを開発したりといろいろ協力できる。
ていうことでね、惑星探査研究センターっていうのを作った。
松井
そのときにね、「じゃあどういう研究をやるか」と。
今までは実験や理論で惑星科学をやってたんだけど、「惑星探査」と名前を付けたからには少し別のことをやらなきゃいけない。

岩田
(笑)

松井
じゃあ、探査で調べてやろうと。
ようやくここで、生命は宇宙から来たのか、それとも地球上でできたのか、その決着をつけてやろうと思ったわけだ。
だれも本気でそんなことやってなかったわけだから。
松井
生命が「宇宙から来たか?」「地球上で発生したのか?」っていうことは、言葉としては昔からあった。で、宇宙から来た説をパンスペルミアと呼んできたわけね。で、今ここでやってるようなプロジェクトを始めたんだよ。
一つは、本当に宇宙から生命が降って来るのかどうか、それを調べる。成層圏まで気球を上げて生物を取ってくるっていうのを、まずやろうと。
それから、彗星にともなって降ってくるというなら、流星雨にともなって何か変化があるのか調べようと思って。
そうなると生物の研究者が必要になる。成層圏で取ってきたものを調べる人がいるというので、1人、ポスドク(博士研究員)に雇ったわけだよ。
岩田
「だれもそんなことやってなかった」っていうことですけど、フレッド・ホイル博士とかチャンドラ・ウィックラマシンゲ博士(※2)っていうのは、その、宇宙に生物がいるかどうか調査はされてないんですか?
※2:フレッド・ホイル博士とかチャンドラ・ウィックラマシンゲ博士

英国の物理学者フレッド・ホイル博士(1915-2001年)と天文学者チャンドラ・ウィックラマシンゲ博士(1939年-)のこと。ともに現代におけるパンスペルミア説の代表的論客で、生命は彗星にのって飛来してくる、ウィルスも彗星由来で病気をはじめ生物進化をもたらしているなど、先駆的な考えを展開している。
松井
そうね、なんていうのかな、彼らは理屈で考えてたわけだ。
彼らが実際に観測と突き合わせてたのは、スペクトル。宇宙からの赤外放射みたいなものがあって、その赤外放射の形を見る。
そしたら、単なる鉱物ではない変な形の赤外放射があると。

岩田
はい。

松井
その変な形のものが何なのかっていうことで、チャンドラたちは、「珪藻に似ている」と主張し、「実は宇宙には、地球上でわれわれが生命と呼んでるようなものがいっぱいあるじゃないか」と言い出した。さらにそれを発展させて、「それが地球の生命と関連あるとしたら、コメットに乗ってやってくるはずだよね」と。
宇宙をいろいろ旅してきた宇宙生命が、まずは太陽系の外縁部に来る。「太陽系の外縁部に来た宇宙生命が、コメットに取り込まれて地球に運ばれてくるだろう」。彼らはこういうふうに考えた。
そういう観測と理屈から、パンスペルミアを展開してた。
スリランカの赤い雨
松井
で、そのころわたしは、彼らがそういうことを主張しているのは知ってたけど、まあ、荒唐無稽だよね、根拠のある話じゃないよねということで、それにはほとんど関わってなかった。
わたしはそういう意味で言ったら、いわゆる主流のサイエンティフィックな方法でやってたから。
それでさっき言った、気球を上げるっていう段階になったころに、ポスドクを雇おうということになって。
そのポスドクが、たまたまチャンドラ・ウィックラマシンゲのところにいたポスドクだったわけだ。で、「実は今、赤い雨をやってます」という話だったの。
チャンドラという人はスリランカ出身で、母国では英雄だからね。20歳ぐらいでケンブリッジ行って、そのままイギリスで名を成した人だから。スリランカで起きた宇宙絡みのことでわからないことは、なんでも彼のところに情報がいく。赤い雨はチャンドラのところに送られるわけだよ。
たまたま今回雇ったのが、その彼のもとで研究してたポスドクだった。
だからわたしのところに来たときに、「何をやってる?」って訊いたら「赤い雨やってる」っていうから。
「へえー、そのサンプル持ってるの?」って訊いたら「持ってます」って言うから、「では、気球が上がるまではそれをちゃんとやろうか」と。
ということで、いよいよパンスペルミアの本丸に近いところに来たわけで。
岩田
松井さんはあくまで決着をつけようということで、自分自身はパンスペルミア説を信奉してる、というわけではないんですか?

松井
そういうことではない。
宇宙論的な意味としてはね、「この宇宙は生命を生む宇宙だ」というふうに考えてるよ。だけどさ、それをこのパンスペルミアと即結びつけるっていうのは、要するに、まだ根拠がないわけだよ。
たんに「物理定数がそういう値だから、この宇宙は生命を生む宇宙だ」っていう程度のことでさ、これはサイエンスではないわけだよ。証拠だとか根拠に乏しいわけでしょ。
だから、それをやってやろうと思い立ったというだけだよ。もうそろそろ、そういうことを調べて決着がつけられる時代だろうと。
で、たまたま赤い雨があったので、赤い雨が何なのか正体を突き止めてやろうと。
チャンドラたちは「宇宙から彗星に乗ってやってきたものだ」って言ってるから、まずはそれが細胞かどうか、どんな細胞なのか。そこに何か遺伝情報があれば種類は突き止められるわけだ。それをとにかくやってやろうと。
今世界で、われわれしかやってないからさ。
最初は半信半疑だったけど、やってみると面白いわけだよ(※3)。
※3:赤い雨の正体は?

雨に含まれる赤色粒子の正体は微生物細胞であることが判明。遺伝子解析した結果、南極などでも育つ極限環境微生物のシアノバクテリアと酷似していることまでわかった。2015年9月現在、生態と起源はまだ解明されていない。
岩田
気球はもう何回か飛ばされてるわけですか?

松井
今度が初めてだよ。
世界中で気球の実験はやってるけど、みんな気球に付いたコンタミネーションを測ってるだけで(※4)。
まったく新しい装置を開発しないとそんなものは回収できないんだよ。
※4:コンタミネーションを測ってるだけ

成層圏で生物を捕獲しようと思っても、これまでの気球実験では、気球に付着した地上の微生物が回収容器に混入採取されてしまい、コンタミネーション(実験汚染)が発生してしまっているということ。
岩田
それを岐阜の垂井でやるんですか?

松井
今やってるのは、JAXA(宇宙科学研究所)がやってる大気球を使った実験。装置は大気球だから15㎏ぐらいもある。重い。確かにこの装置で回収できて、しかも成層圏にこんなものがいますよ、っていう結果が得られるかどうか、最初の段階の実験をやるわけ。
これがうまくいったら、軽くする。15㎏を6㎏ぐらいに。
今は15㎏だから大気球じゃないと上げられないんだよ。
でも6㎏の回収装置だと中型の気球で上げられるようになる。
松井
そうすると費用も安い。今だったら何千万円もかかるのが、何百万円かでできる。
そうなると毎月のように気球を上げて、成層圏でどういうふうな変動が起こってるのが見れるようになる。
ていうのは、流星雨っていうのがあって、これが毎月のように降ってきてる。「流星雨ごとにどう変わるのか」とか、いろんなことを調べなきゃ、「彗星が生物を運んでくる」なんて言ったって、わからない。
流星っていうのはそもそも彗星の破片だからね。彗星まで行って調べるよりは流星を調べる方が早いんだよ。だから、そういうことを始めようと。
垂井でやろうとしているのはその中型気球を毎月上げる実験のことで、それはここの大学じゃなくてISPA(※5)でやろうと思って。
※5:ISPA

松井さんが代表理事を務める「宇宙生命・宇宙経済研究所」のこと。パンスペルミア説に基づいた研究をする一般社団法人で、チャンドラ・ウィックラマシンゲ博士も理事を務める。
ISPA、民間で進める新しい研究スタイル。
松井
というのはね、1つあげると何百万円かかるわけだけど、大学だとお金を工面するのが大変。だからISPAで、日本にはない新しい研究スタイルでやろうと思って。企業からお金を集めてそれを資金にして研究をやろうっていう、まったく新しい発想なんだよ。

岩田
企業はどこかに営利があると?

松井
気球にね、その企業のロゴ、いくらでもつけてあげますよ。
実験で何か出たら、その成果はおたくのもの。
いちおうわれわれが論文書くときに、そこに社名を書きますよ。
それがリターン。だから宣伝になる。
国がお金を出すとかじゃない、まったく新しい研究の手法だよ。
インターネットの時代に適した1つの手法かもしれない。あるいは個人でもいい。みんなが1万円ずつ、200人集まって200万円集まりました。「だから僕らの気球を上げてください」っていうのでもいいですよ。そういうのは大学ではできないでしょ。
だから一般社団法人のISPAでやる。これは世界に向けてオープンだから。日本だけのプロジェクトではないから。
ていうことでね、これは研究としても新しいけど、手法としても新しい。非常にチャレンジングな試みなの。
実験は、気球を上げて高さ30kmぐらいから回収装置を落とす。気球のコンタミネーションを避けるために回収容器を気球から切り離すわけだよ。
落下すると装置の弁が開いて、成層圏のなかのものだけ集めて、大気圏の対流圏っていうところに入る前にシャットアウトしちゃう。で、そのまま落ちてきた装置の中にどんなものが入っているかを調べるっていう、そういう実験。