これは未来への冒険です。

SRという言葉を知ってますでしょうか?
サブスティテューショナル・リアリティ(Substitutional Reality)。
「代替現実」と訳します。
現実を代替する。つまり現実を別の現実にすり替える技術です。

例えば今、あなたは自宅のリビング、いつものソファーに腰かけて音楽を聴いているとします。でも実は、あなたが今前にしているのは5年前の自宅のリビングで、そこで聴いている音楽も5年前に流れていた音楽です。あなたは、SRにより現実がすり替えられていることに気づいていません。すると、幼い息子がリビングにやってきてオモチャで遊び始めます。その途端、あなたの現実感覚が揺れ始めます。
2年前に交通事故で死んだはずの息子がなぜここにいるのか? これは夢なのか? それとも、今まで見ていたものが夢で、これこそ現実ではないのか?

社会脳研究の第一人者、藤井直敬さんが今、このSRの技術に着目して来たるべきコミュニケーションの可能性を探っています。

まずは藤井さんの研究室にて。エイリアンヘッドと呼ばれるHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を被り、まさにこの動画にあるようなSR体験を僕はします。
参照:youtube
体験談については詳しくは書きませんが、ディスプレイ越しに見る藤井さんたちの姿が、今、僕の前の現実としてあるのか、それとも代替された映像なのか?
視覚だけでなく、聴覚に触覚にと、複数の次元で混濁していき、だんだん、現実とウソの境界がわからなくなっていきます。

僕らが現実だと思っている世界がどれほど怪しげなものなのか。それを体感で知ったとき、あらゆる世界観や価値観は相対的なものとなる。異文化に対する受け入れの心が深い場所で生まれるのではないか…。

だから、まずは体感してほしい。
2014年7月、藤井さんは株式会社ハコスコを立ち上げます。段ボールで作った仮想現実装置を販売する会社。わずか1000円で、仮想現実空間にトリップできる装置。
その動画がこれです。
参照:youtube
研究室という狭いラボを越え、誰もがもっと豊かで深い人間の認知の在り方にアクセスできる。この新しい「解脱の試み」をめぐって、今、冒険が始まろうとしています。
そんな藤井さんに、お話を伺ってきました。
岩田
藤井 直敬(ふじい なおたか)さんのプロフィール

理化学研究所脳科学総合研究センター適応知性研究チームリーダー。医学博士。株式会社ハコスコ代表取締役。
1965年 広島県生まれ。
1991年 東北大学医学部卒業。
1997年 同大大学院にて博士号取得。
1998年よりマサチューセッツ工科大学にて上級研究員。
2004年 理化学研究所 象徴概念発達研究 副チームリーダー
2008年より現職。
主要研究テーマは、適応知性および社会的脳機能の解明。
著書に「つながる脳」(毎日出版文化賞)「ソーシャルブレインズ入門」「予想脳」などがある。
岩田
いろいろ記事を読ませていただきまして、とても興味があるんですれけど、もともとというか、本来は社会脳を研究されてる、

藤井
まあ、そうですね、ここ10年間はそういうことになってますね。

岩田
それで、研究に必要な実験を適正に行える環境作りのために、機械として用意したのがSRの技術で。ネットではそっちの話題が多いですけど、本来の研究は社会脳の研究で
藤井
もともとはサルを使った実験をしていたので、それを人にもやりたいなと思った時に、まあ、実験装置が既存のものではなかったので、どうしたらいいのかなってなって。その結果できあがったのが、まあなかば偶然ですけどSRで。
実験のためにSRを使うっていうのが最初でしたけど、使ってみたらけっこう面白い。じゃあそれを世の中の人に体験してもらうにはどうすればいいのかっていうのを、いろいろ考えていって。結果的に会社をおこして。
ハコスコっていう、ものすごく単純だけど、機能としてはSRのハイスペックなものと変わらない。そういうものに至ったんですけど。

岩田
藤井さんに関する記事をいろいろ読ませていただくと、やはり、これからの人間の未来とか、人間の心理状態がどう変化していくのかという興味の取材が多くて。それに対して、藤井さんのほうでいろいろ答えられていたりするわけですけれど、あの未来の話と、本来の社会脳研究の話の間に、どういう繋がりを見てられますかね。

藤井
未来の話っていうのはどういうことをさしていますか?

岩田
例えば、このハコスコのような技術が普及することによって、野球場に360度カメラを回しておいて、自分は球場に行かなくても、球場にいるように野球を観れる世界とか。
まあそういう具体的な話もあれば、今後衣服の文化はどうなっていくのか、IoT(※1)みたいなネットと連動した衣服になっていくのかとか、食文化はどうなっていくのかとか。
※1:IoT … モノのインターネット(Internet of Things)。パソコンに限らずさまざまなモノがネットに繋がった状態、またはその技術のこと。テレビや冷蔵庫といった家電をはじめ、ドアの開閉や衣服の温度調整など、モノに取り付けられたセンサーが人手を介さずにデーター入力し、ネット経由で利用できる技術。
そういうことをたくさん答えられていて、面白いなと思ったんですけれど、ああいう未来の話と社会脳の話が、どうリンクしてくるのかなあ。たぶん藤井さんの中ではそういう話って全部繋がってるから、ああいう話ができるのだろうなと思って。
そこにすごく興味があるんですね。

藤井
SRという技術を使って、おそらく多くの方が気が付くのは、自分が見たり聞いたりしているものって、こんなにあてにならないものなのかっていうこと。ちょっとしたきっかけさえあれば、簡単に騙されちゃうんだっていうのが、体験として理解される。脳の、認知として。
それって、仏教とかでいう「世界ってすべて幻なんだ」っていうのと、まったく同じ考え方で。
どこにももう、絶対的な頼れるものがない。そこからいろんなことをスタートすると、今、普通に暮らしてる僕らの世界に対する感じ方っていうものが、ぜんぜん違ってくる。
でも、さもみんな共通な何かをもってるような、そういう現実を前提にできることが、けっこう僕らを苦しめてる、みたいなところがあって。
岩田
例えば、どんなことがありますでしょうか。

藤井
例えば、僕らは人の命は重いというけど、そんなものはアリの命と何にも変わりはなくて。
「でも、大事だと教わったから」ってなるんだけど、世の中の規範がそういう前提に成り立っちゃうと、2人の命に200億円出せと言われて、それもありかなと思っちゃう。

岩田
うんうん。

藤井
でもないですよね。普通に考えたら。
だから、あらゆるものが相対的であって。
ということは、ものすごく大きいと思っていたものも小さくなり得るし、小さいものが大きくなり得る。
そういうスケールの違いっていうのは、人それぞれで違う。
そういう前提で考えた上で、だけど、僕ら一緒に暮らしてるんだから、どっかでスケールをお互い合わせておかないと共通の言語にならないよねって。「あれ、旨いよね」って言ってるのを、「旨い」って言っておかないと話が進まない。
だからその、本来だったら物事の価値とか理解の仕方っていうのは相対的なんだけども、スケールをどっかで合わせるっていう作業が社会を作っているとしたら、それはいつでも崩れるんだっていうのを分かったうえで、そのスケール合わせに参加する、っていうのが正しい姿で。
絶対的な物差しがあると思って自分はそれに応じるとかやってるために、いろんな不幸が生まれてるんだと思うんですね。

岩田
そもそも社会脳を研究したいなあと思われた根っこに、そういう考え方がやっぱり

藤井
社会脳を研究したいと思ったのは、自分自身が社会とうまくやれないっていう、まあ、人付き合いが苦手っていうのが前提で。
岩田
昔から?

藤井
昔から、やだなあって、面倒くさいなあって思ってて。

岩田
(笑)
藤井
そういう面倒くささっていうのを、もしかしたら脳をターゲットにして考えると、あの、楽になるのかなと思ったんですね。自分がね。
それで、サルでやってみた。
結局、サルを見てるとよくわかるのは、ほんとに、相手に応じて自分の行動のルールを切り替えてる。

岩田
お猿さんにボタンを押す作業を教え込ませて、で、それぞれのお猿さんの、ボタンを押すリズムとかペースがあるんだけど、2匹の猿を一緒にさせると、リズムを合わせて打ってくると。しかも誤差0.2秒くらいの正確さで。
相手が4拍打つと2拍のペースで入れてくるやつもいるとか。すごく面白いなあと思ったんですけど、なんか音楽みたいだなあ。ハーモニー。

藤井
そうですね。それ自体は別に意味がないことなんだけど。

岩田
(笑)そうなんですか?

藤井
タイミングが合ったからといって、餌が多くもらえるとかそういうことじゃない。
岩田
ああ、そういうことですね。

藤井
自然とお互いを引き込んでいく。
あと、自分の隣に強いサルがいると餌を取らない。だけど、隣に弱いサルがきたら餌をとる。これっていうのは、一見当たり前のことなんだけども、同じ位置に置かれた餌に対して自分がどう振る舞うかっていうのは、相手に応じて決まるんだっていう。
で、相手が強いサルなので我慢してる時に、強いサルがあっちを向いて、餌に気づいてないときは、スッて取るんですね。
ということは、そのサルにとってのルールっていうのは絶対的ではなくて「その瞬間瞬間ルールって変わってるんだ」っていうことがわかって。で、ルールっていうのはそういうふうにできあがってるわけで、しかもサルの個体間のルールっていうのは、誰も教えてないんですよね。2頭の間で勝手にできあがってる。
なので世の中の、僕らヒトの行動のルールっていうのもたぶんそこから始まってるんだって思うと、もうあらゆるものが相対的であるということになって。行動規範という点でも同じだし、現実っていうのは何かっていうこともそう。現実っていうのは本当に絶対的な動かしがたいもののように思っているけど、ちょっとしたきっかけでいくらでも操作できちゃうわけで。
「うわ、現実っていうのも、こんなに曖昧なんだ」ってわかると、世の中に確実なものが何一つないっていうことがわかってくる。

岩田
唯幻論みたいな。

藤井
で、そうなると、唯一信じられるのは自分の確信だけで。その確信ベースで自分の世界って作られてるんだけど。
でもそこに、「みんなもあんなに世界を共有してる」っていう幻想が入ってくるんで、面倒くさいことになる。

岩田
ただひたすら個人の確信が散らばっているっていう?

藤井
実際はね。

岩田
実際は。
藤井
だからたぶん動物はぜんぶそうだと思うんですよ。それを共通の幻想を持ってるなんていうのは、ヒトの世界だけのことで。もしくは高次な霊長類ではあるかもしれないですけど。

岩田
お猿さんも一緒にハーモニー作りだしちゃうっていうのは、何か社会的な幻想を共有してないですかね?

藤井
幻想っていうか、もしかしたら幻想の低レベルなものはあるかもしれない。でも言葉がないからね。その社会を言語化してお互い共有する世界観っていうのはないので。持てないと思うので。
もしかしたら僕が使ってるようなニホンザルレベルのサルだと、世界というものもよくわかってないと思うんですね。部分はわかるんだけど、世界っていうのがわからないかなあと思ってて。
サルでSRをやったことがあって。ふつう人は、SRで騙されたって気づくと、見えてるもの全部が嘘だって思えるんですね。

岩田
そうですね。

藤井
だけどサルは、おかしなところが一部あると、その一部だけがおかしいと思って、それ以外の見えてるもの、例えばここでこのレコーダーが突然消えたとする。そうすると、ここに何か変なことが起きたって思うだけで。
こういう部屋にいて周りで見えているものすべてを疑うっていうことはたぶん、してないみたい。

岩田
なるほど。

藤井
一つの世界っていう、一まとめのアイデアがないんじゃないかと思う。

岩田
それも面白いですね。

藤井
すごい場当たり的なんです。
岩田
僕、猫を飼ってるんですけど、僕が見てないときに、机に置いてあるお菓子とかをスッて盗んで食べたりするんですよね。

藤井
うちの猫も、テーブルの上に僕らがいるときには乗らないですけど、一人のときは、平気で乗ってますよ。
まあ、だから、相手に応じて行動を切り替えてる。

岩田
切り替えてますよね。

藤井
怒られるから。

岩田
あと兄弟で、お兄ちゃんが外交的な性格だったりすると、弟さんは内向的な性格になったりとか、それぞれの役割を担う傾向がある。
藤井
そうですね。

岩田
うちは猫を2匹飼ってて、1匹は活発で、あの、人懐っこいんですけど、もう1匹は引きこもりで、みたいな。2匹は兄弟ですらないんですね。1匹じゃ寂しいんじゃないかと思って、小っちゃいほうを保健所からもらってきて「一緒に生活してね」ってやったら、なぜかお互いで役割分担したように、真逆の性格になっちゃって。
ああいうのも、社会脳の話と繋がるのかなあと。

藤井
相手に応じて自分ができあがってくる。それはたぶん、普通の生き物だったらよくあることだと思いますけど。
なのでまあ、僕の中では、そういう感じで、SRも社会脳の話も一通り繋がってるんですけど、はたから見るとあんまりわからないみたいですね。

岩田
(笑)