shichigoro-shingoさん
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岩田
小さいころから絵を描いてたんですか?

shichigoro-shingo(以下、shingo)
美術とか図工の時間は好きだったですけど。そんなにたいしてやってないですね。 ちっちゃいころは、漫画家さんとかに憧れてて。

岩田
クラスで一番絵が巧かったとか。

shingo
いや、そんなことはないです。
絵は、何でしょうね、高校卒業して浪人生になってから油絵を始めて。そのとき初めて絵を描く大学があるんだなあっていうのを知って、絵を描く予備校へ行かせてもらって。
で、2年ぐらい浪人して、美大へ入って。
ホント、なんにも考えてない。大学時代も考えてなくて(笑)。なんも勉強しなかった。
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岩田
絵も描いてなかったのですか?

shingo
いちおう絵は描いてました。卒業はしたので。
でもあんまり学校行かないで、飲み屋さんのアルバイトでお酒飲みながら働いて、っていう感じで。

岩田
ゲーム会社とかも興味があって入ったわけではない?

shingo
そうですね。卒業後もとくに就職活動はしてなくて。
ゲーム会社が人を捜してて。就職活動してなかったんで、まあいいか、と思って。下請けのゲーム会社みたいなところで、中堅どころがみんな辞めちゃって、いろんなとこから新人引っ張ってきて。それがまあ、しんどくって(笑)。

岩田
完全に通過されてないんですね。一般的な就職の流れを。

shingo
そうですね。ちゃんとしたサラリーマン的なことはやってないですね。
ほんと、考えないで生きてきたな、って。
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岩田
(笑)みんなは考えてるのかなあ。
いや、確かに考えてる人はいますね。でも、どっちかというと考えてる人がマレなのかもしれない。

shingo
うーん。きっかけですもんね。

岩田
石川遼君みたいな人、いるじゃないですか。何歳で何をやって、何歳で自分はどうなって、って。

shingo
自分の周りにはいなかったですもん。
いや多分、いたんでしょうね。でも、そういう人にも気づかなかったんだろうなって。
世代的なものもあるのかなって、若干思うんですね。人、多いじゃないですか、うちらの世代って。教育の感じとかも、今とやっぱぜんぜん違う。
© shichigoro-shingo
岩田
今の若い子たちは違うのかな。
夢を語りたがる、目的持ってるフリしてる子は多くなったように思うけど。

shingo
いやあ、でもやっぱり、しっかりしてるなって。
ちゃんと身の振り方考えてるなって。

岩田
ああ、身の振り方は、確かに。

shingo
僕、何にも考えてなかったですもん。

岩田
でも、それもある意味凄いね。横尾忠則さんのラインかもしれないですよ。

shingo
なんか僕らの世代、そんな人ばっかりだった気がするんですけどね。

岩田
僕らの世代がですか?

shingo
普通にヤンキーとかもいる世代じゃないですか。
© shichigoro-shingo
岩田
ああー。横浜でもいました?

shingo
いや、ぜんぜんいますよ。

岩田
横浜だとその世代、もうチーマーじゃないですか?

shingo
いや、ぜんぜん、ぜんぜん。
チーマー文化みたいのが出だしたのは、高校ぐらいんときで。中学校ときはみんな「ビー・バップ・ハイスクール」(※1)とかで。漫画もヤンキー漫画だらけで。
※1:ビー・バップ・ハイスクール … 1980年代に一世を風靡したきうちかずひろのヤンキー漫画。進学ダブりのツッパリコンビがケンカと恋に明け暮れる。初期は特に不良高校生の日常を描いて人気が高い。
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岩田
僕、岐阜出身なんですけど。中学のときの修学旅行が東京だったんですよ。両国パールホテルに泊まって。で、僕、ボンタンとか穿いてたんですけど。

shingo
ああ、オシャレですね(笑)。

岩田
で、両国パールホテルの5階から、朝起きて、カーテンをバッて開けたら、両国国技館の前を、なんというか、岐阜的に言えば、だっさいノーマルパンツ穿いた中学生がずらずら登校してて(笑)。
その時、僕、すごい衝撃受けたんです。

shingo
ああー(笑)。いや、それはたまたまそういう学校だったんじゃないですか?

岩田
「これが東京か」と思いましたよ。
© shichigoro-shingo
shingo
中学ん時ですもんね? 東京だってヤンキーいたはずですよ。
…いや、東京はわかんねえな(笑)
横浜までは多かったんですよ。やっぱりほら、立川とか、町田のほうだったりとか…東京でもそっちのほうだったのかな。ブラックエンペラー(※2)があったりとか。

岩田
ブラックエンペラーですか? むっちゃ古いじゃないですか。
※2:ブラックエンペラー … 1960年代末に現れ、関東一円に勢力を拡大した暴走族。1970年代末にはメンバー数が2,000人を超えたという。時代の流れとともに衰退し、1992年に解散している。
shingo
横浜はピエロがあったり。横浜連合とかもありましたし。
だから、ぜんぜん、生きた文化でしたよ。
大槻ケンヂとかがたまに特攻服とかを着てたりとかしてて、すごく素敵だなあと思いますね。ほんとに文化として。

岩田
あのころアルマーニは、ボンタンと短ランだったから…。

shingo
あはははは(笑)
いやあもう、ほんとに、あれこそダサイとカッコいいのはざま。

岩田
はざまだね。

shingo
今もそうだと思うんですけど。
© shichigoro-shingo
岩田
服をオーダーメイドしてもらう人って、すごくオシャレなイメージあるじゃないですか。
僕、中学生んときにオーダーメイドをしてもらったことがあって。老夫婦がやってる一軒家に行ってズボンと学ランを作ってもらいましたよ。しかも、1センチ、ミリ単位のオーダーメイドです。ワタリはいくつで裾幅はいくつ、襟の高さに裏地は何で、ベルト上の高さはいくつで…。

shingo
ハイウエストだ(笑)

岩田
どんだけ繊細な世界なんだろうって、あらためて思いますよ。

shingo
すごい技術ですよね。

岩田
ヤンキーって、すごい解像度なんです。

shingo
そういうお店とか、よかったですもんね。名前がついてるんですよね。

岩田
ついてる、ついてる。

shingo
オーダーメイド、すごいなあ。
ベルトがエナメルだったり、裏ボタンのデザインにもこだわったり。
憧れる世界でしたね。見た目もそうですけど、意識がカッコいい。

岩田
意識がね。
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shingo
シンナーがあったりとか、そういうので、様子のおかしいヤツもちらほら出てきたりしてましたけど。
自分の地元の、当時ヤンキーだったようなやつらって、やっぱ友だち大好きだし、仲間大事だし、その、変なイジメはしないし。みんな楽しくて。小賢しいことやってるのが楽しい、みたいな。人には迷惑…かけてはいるんだろうけど(笑)

岩田
(笑)

shingo
すごく、なんだろうな、ジュヴナイル的というか。

岩田
(笑)

shingo
僕のなかでは、その感覚が今でも好きなんですよ。

岩田
こみ上げるものがありますよね。
もう、その感覚はずいぶん衰退してきたじゃないですか。
時代の遷り変りとかいう言葉じゃなくて、そのなかにある大切なものを引っ張り出して、もう一回、ちゃんと見せたいとは思ってます。

shingo
そういう精神、僕らはまだぎりぎりわかる世代じゃないですか。

岩田
そうだね。どんどんドライになってきてる感じはしますね。

shingo
僕が好きな人、作家さんでも、やっぱりね、パンク精神というか、何だろうな、そういう経験を経た人って、あったかいというか、すごい人間的なんですよね。喋ってて面白いし、そういう熱さを作品にぶつけてるっていうか。
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岩田
shingoさんは涙もろいですか?

shingo
涙もろい…かもしれないですね。でもわからないな。年齢じゃないかな(笑)。

岩田
7~8年前かな、「水戸黄門」見て目が潤んだときは、僕もさすがにダメだなと思いましたけど。

shingo
それは…(笑)。そこまではいってないなあ。
僕の本心は今もその中学生あたりにあって、一生そこは抜けないんだろうなって思ってて。
「AKIRA」とか「ブレードランナー」とか。そういうごちゃっとした世界観が好きで、一方でヤンキー文化も同時期ぐらいだったんで、やっぱりそっちも好きで。
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岩田
「ブレードランナー」かあ。リドリー・スコットですよね、「エイリアン」の。
そういえば初めてshingoさんの絵を見たとき、H.R.ギーガー(※3)を思ったんですよね。
※3:H.R.ギーガー … ハンス・リューディ・ギーガー。スイス人の画家。映画「エイリアン」のデザインで知られる。グロテスクで重々しく性的な作風で、カリスマ的人気がある。2014年5月、74歳で亡くなった。
shingo
ああ、そうですね。
去年だったか一昨年だったか、スペインのアーティストが、ギーガーに影響を受けたであろう人たちを世界各国から集めて一冊アートブックを作るって言って。バイオメカニカルなもの、っていうのをテーマに集めて。

岩田
バイオメカニカルって言うんだ、そういうの。

shingo
らしいですね。僕もそれは知らなかったんですけど、生物と機械ですね。
ギーガーはすごく好き。
でも、ギーガーっぽいって言われるけど、そこまでではない気もするんですよね。
もちろん好きは好きなんですけど。
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岩田
やっぱりギーガーという人が有名すぎる?

shingo
ギーガーは凄すぎるんで。自分にとって神すぎるし、おこがましいし。
ただギーガーはけっこう性的なものがあるんですけど、僕はなるべく性的なものを排除してるんですね。どっちかというと、子ども感というか。

岩田
そこ、いいですよね。だって実は、匂いますもん。結局、匂いますもん。もう僕、機械と有機物って言った時点で、性的なものって匂うと思います。

shingo
そうですかね。

岩田
人体に対して、無機物を接続させるって。もう性的なものが匂わざるを得ないですよ。

shingo
あー、そうなんですかー、あー、そうなんだー。
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岩田
たぶんこれ、どれだけ性的なニュアンスを和らげても、肌に機械が接続しちゃってるだけでもう見る人が感じるから。むしろ性みたいな深い場所を直接的な表現にする必要がなくなってるジャンルだな、って感じます。
あと、どんどんごめんなさいね、読者がついてこれない話になっちゃってきてますけど(笑)。ルネ・ラルー(※4)のアニメとかも思い出したんですよね。

※4:ルネ・ラルー … 60年代から80年代にかけてカルト的なアニメ映画を製作したフランスの映像作家。シュールでゾッとさせるようなSF作品が多い。代表作に「ファンタスティック・プラネット」「時の支配者」などがある。
shingo
ああ、ルネ・ラルー。

岩田
あれも植物が擬人化して動き出す。無生物と生物、動かないものと動くものみたいな、2つの境界がどんどん崩れて危険に交わっていく。押井守(※5)もこういうテーマをすごい意識してて…
※5:押井守 … 映画「攻殻機動隊」「イノセンス」などで知られる。世界観ありきで、そこから逆算によって物語とキャラクターが作らるため門構えの大きな作品が多く、海外では早くからよく知られていた。サウンドや映像など技術面での革新性でも評価が高い。
shingo
あー。

岩田
人形と人間の差って何? 生物と無生物の差って何? そういう話を押井さん、したがるんですよね。

shingo
そうですね。

岩田
そういうところがぜんぶ関連するんだろうなあって、僕、shingoさんの絵を見て、思うんですけど。
© shichigoro-shingo
shingo
僕はビジュアル的に押井守が大好きで。「イノセンス」とか。
生と死、そうですね。「攻殻機動隊」もそうですもんね。人形に魂が宿るとか宿らないとか。

岩田
生命ってなんだろう? 人間がどんどん魂を失ってる感じもするし、失ってるんじゃなくてそもそも人間って人形のようなものなんじゃないの、っていう気もしてくるし。

shingo
それを言われて思ったんですけど、僕もロボットとかそういうものを描いたりしてると、ピュアな感じだったりとか、純粋な感覚みたいなものが、出やすい気はしますね。
ロボットとだとストレートに表現ができるというか。

岩田
なるほど。

shingo
人間を描いてるときって、人間ってすごい難しいなって。
やっぱ表情でちょっと嫌らしさが出たり。表情一つで感情が変りすぎちゃうから、無機質なもののほうが直接的に伝わりやすいものができる気がして。

岩田
うん、うん。 なんか、ピュアなものを求めてるんですか?

shingo
なんだろうな。そうですね。ピュアなもの…。子どもの感覚。
子どもってほんとは残酷だったりとか。自分が子どもだったこと考えたら、そんなにピュアなものでもない…
でもその反面、純粋さというか。

岩田
純粋だから、残酷なんだろうな、と思うんですけど。
© shichigoro-shingo