日本では、まだそれほど知られていない。でも、地球の裏側ではけっこう知られていたりする。しかも、知っている人はずいぶん熱狂的に知ってたりする。メディアスタイルの変化で、そんな新しいタイプのカリスマが今、ぽつぽつと現れてきています。
shichigoro-shingoさんも、そんなネット時代に出てきた才能の1人です。
しかし、すごい絵です。技術もすごいけど、技術を超えて漂う匂いがすごい。こういう絵を描く方は、どんな方なんだろう。
恵比寿の某居酒屋で「はじめまして」の挨拶を交わした僕たちは、あれよあれよとヒートアップ。
「ダサい=カッコいい」「悶々とした熱」など、独自の言葉が命を帯びるようにshingoさんの口から出てきます。そしてスチームパンクからブルーハーツ、はたまたヤンキー文化から火垂るの墓まで、ピュアで熱いトークを…僕たちは、4時間超にわたって繰り広げたのでした。
岩田
© shichigoro-shingo
shichigoro-shingoさんのプロフィール

2010年より始めたウェブ上での作品公開が評判を呼び、今ではソーシャルメディアを起点に世界中でファンをもつデジタル絵師。
オランダでのインスタレーション参加、オーストラリアでのウェアデザイン、アメリカやカナダでのアルバムアートなど、インターナショナルに創作活動を展開中。このごろは粘土を使った造形も。
ASIAGRAPH最優秀作品賞、MONSTER展Award賞、アジアデジタルアート大賞優秀賞。
1977年、横浜市生まれ。
shichigoro-shingo(以下、shingo)
僕、ずっと飲食で10年くらい働いてて、絵の公表を始めたのが2010年くらいからなんですけど。そのとき、どういうとっかかりで何していけばいいのか、わからなくて。
もともと学校は絵を描く大学には行ってたんですけど。

岩田
多摩美ですね。
© shichigoro-shingo
shingo
はい。で、大学出てから半年くらいゲーム会社で働いて、でもやめて。学生のころから飲食のバイトはやってたんで、そこからまあずっと飲食やったり、日雇やったりとかしながら。描くのは好きだったんですけど、何からどういうふうに始めていいのやらと思って。
日本って、デジタルで絵描いてるっていっても、ちょっとあんまり自分の入り込めそうなところがなくて。ピクシブとか、そういうのがあったりするんですけど。

岩田
ピクシブってなんですか?

shingo
イラストのコミュニティサイトで、いまどきの絵というか、萌えっぽい絵が多くて。ちょっとここに自分の絵が入っていくの難しいかなって思って。で、海外にデヴィアントアートっていうコミュニティサイトがあって、そこは参加人数もすごく多いし、絵のスタイルもピンからキリまであったんで、ああ、間口が広いなあと思って。
そこでいろいろ絵をアップしてって、で、そっからいろいろネット上でやりだして。

岩田
海外で始まってるんですね。

shingo
そうですね、とっかかりは向こうで。
向こうは見る目が広いというか、どんな人でも受け入れてくれて、自分みたいな感じのタイプの絵でも「好き」って言ってくれる人がいたんで。日本で始めるよりもやりやすいかなあと思って。それに、みんな良いことばっかり言ってきてくれるんで(笑)。
© shichigoro-shingo
岩田
欧米の文化って、そういう力強い優しさがありますよね。「君の、すごくいい」っていう。マイノリティーでもエンパワーしてくれる。

shingo
で、そこに参加してた方で、中村一彦さんっていう、すごいスチームパンカーなアーティストの人がいるんですけど、その人のことを自分はすっごい好きで、この人がデヴィアントアートでやってるんだったら自分もやりたいなと思って、そこ入ってって。
で、国内では少ないけどコンペを少々出したりしつつ。

岩田
shingoさんって、お呼びがかかるのは海外の方が多い?

shingo
なにかしら仕事に繋がるのは向こうの方が多いですかね。どっから見てくれてるのかわからないですけど。

岩田
海外向きなのかなあ。

shingo
うーん、どうなんでしょうかね。
なるべく日本人にも受けるようなものを描けるようになりたいなと思うんですけど。単純に技術があまりないんで。
© shichigoro-shingo
岩田
いやあ、凄いですよ。
僕、フォトショップにかかわる仕事してるのもあって、ビックリしましたよ。ああ、ここまで行くんだなあっていう。
使ってるツールはほとんどフォトショップなんですか?

shingo
最近はあの、クリップスタジオっていうペイントソフトを、その、もらって(笑)、使ってるんですけど。

岩田
フォトショップの古いバージョンで作ってるって、どこかで読んだんですね。
© shichigoro-shingo
shingo
最初はそうですね。ブラックミルク(※1)に頼まれてやった最初の絵なんかは、古いパソコンと、使ってたソフトもエレメンツ(※2)のいちばん最初のやつで。
※1:ブラックミルク … オートストラリアのレギンスブランド。
※2:エレメンツ … 画像加工ソフト「フォトショップ」の廉価版で、初心者向け製品。
岩田
えっ、エレメンツなの!?

shingo
レギンスにプリントする絵とかになると、けっこうサイズ容量大きいじゃないですか、あれぐらい大きいサイズになると、ぜんぜんパソコンが動いてくれないんで、パーツをぜんぶ分割して、それをこう最後にむりやりくっつけて、

岩田
すごーい。

shingo
しかもCMYK(※3)にできなかったんで。
※3:CMYK … 印刷物用のカラー形式
© shichigoro-shingo
岩田
それは何年のことですか。

shingo
2010年です。

岩田
多摩美のときにフォトショップは?

shingo
ああ、ぜんぜん触れなかったんですよ、僕、油絵で入ったんで。

岩田
デジタルじゃないんだ。

shingo
デジタルじゃなかったんで。ゲームの会社は半年しか働いてないんですけど、そのときに初めてパソコン触って。で、会社やめて。そのときにはパソコンは持っていたから、それで。
やっぱり油絵だと、絵の具代とかもかかるんで。

岩田
うんうん。その感覚、わかります。
© shichigoro-shingo
shingo
今の絵だと、印刷するときのインク代はかかるんですけど、とりあえず描くのにはなんにもコストがかからない。それきっかけで。特に誰かに教えてもらってとかもなく、独学で。

岩田
僕もちょっと似てるかもしれない。僕も何かことをやろうとしたときに、つまり何か作りたい気持ちがあるんですけど、まずお金のかかること避けるんですよ。

shingo
(笑)

岩田
映画すっごい好きなのに、映画作ろうなんてハナから思うことなかったし、

shingo
映画はね、お金かかりますもんね。

岩田
絵だってキャンバス代すごいかかるし、カメラも僕が大学生のころはまだフィルムだったから高くて。
で、僕、何やってたかというと、ワープロで文章打ってて。

shingo
(笑)
© shichigoro-shingo
岩田
ようは気持ちがカタチになれば何でも良くて。結局、言葉がいちばん安かったっていうだけで。
でも、エレメンツなんですよね。エレメンツでここまで行くんだあ。

shingo
今はMacなんですけど、Macを買うまでは古いWindowsだったんですけど、パソコン買い替えるとこんなに世の中快適になるのかと。それでフォトショップのCS買って、いや、やっぱぜんぜん違うんだなあと思って。

岩田
動きがいいんですか?

shingo
いやあ、動きもいいですし、やっぱこういうものはある程度買い替えて、消耗品と思って使っていくのが仕事にする上では大事なことだなあと。こんなに…、ほんとに、苦労した。

岩田
(笑)
© shichigoro-shingo
shingo
よくよく考えれば、エレメンツで描くなんていうのは無謀なことだったのかなと。

岩田
ちょっとくらい自分に投資しようよ、僕ら(笑)。

shingo
未来の自分のために(笑)。

岩田
いやあ、でもすごいですね。
どんどん向上してったんでしょうね。フォトショップを始めてから。面白くって面白くってやってったら、どんどん行っちゃう感じだったのかなあ。この絵たちを見てると、

shingo
どうなのかなあ。

岩田
初めて見たとき、びっくりしました。どこまでいっちゃうんだこの絵は、って。

shingo
いやいやいや、ぜんぜんまだまだですなあ。

岩田
そっかあ、そうなんだあ。それは、尊敬してる中村さんなんかと比べると?
© shichigoro-shingo
shingo
そうですね。いろんなアーティストさんに会って、中村さんも実際にお会いして、すごい気のいい方だったんですけど、なんか、その人は半年ぐらいかけるんですね。

岩田
一枚の絵に?

shingo
一枚の絵というか、3Dを使ったりするデジタルの人なんですけど、普段はサラリーマンをされてて。

岩田
はあー、そうなんだ。すごいなあ。

shingo
で、もう、過剰な作品で、その人もやっぱ日本人にウケが悪いって言ってて。でもなんとなくわかるなあと。
知り合って、仲良くしてもらって、ちょいちょい話を聞いてると、ほんとに、すごくて。
自分には雲の上の存在で。