僕が「この人はぜんぜん違うなあ」と思った人は今までに2人います。天才というものが仮にあるとしたら、僕にとっては、その2人がそういうことになります。
2人とも、やはり普通の人生ルートを辿るのは難しかったらしく、自分の生き方を作るしかないところから始め、今となっては面白い結果に至ってます。そうなるまでには相応の苦労をしただろうなと思います。
そのうちの1人が、「南へ」でおなじみの林君です。林君と僕は15年くらいの付き合いです。
さっき天才とか言ったけど、もしかすると林君はただのバカちんなのかもしれません。僕は林研究家としてずいぶん観察を続けてきたんですけど、結局、そこはわからないです。

今回、林君が東京に来ると言うので、実験することにしました。
千葉県に堀之内貝塚というアブない場所があって、まずは林君をそこに投げ入れてみました。危険物に危険物を混ぜるように。
なんで堀之内貝塚が凄いのか、それは言葉にしにくいのですが、そこに立つとわかるんです。
で、やはり事件が起きました。

まずは林君がそこで撮った写真を見てもらいたいと思います(…ちなみにリコーの安いコンパクトカメラで撮ってます)。
そのあと僕の家に場所を移して2人で話したことを、ここに晒します。
僕がなんで林君を異能と呼ぶのか、わかってもらえるんじゃないかと思います。それが記録されています。
岩田和憲
林 弘康さんのプロフィール

1975年、岐阜県土岐市生まれ。
1999年、中央大学文学部社会学科卒業。
広告カメラマンアシスタント、新聞記者などの職を転々とするがいずれも長続きせず、27歳で一般的な社会人生活から離脱。名古屋市白川公園のホームレス相手に自他すれすれの撮影生活をしたのを手始めに、車内泊で日本各地を転々としながらフリーの写真生活に入る。
今は沖縄と本土を往復しながら撮影仕事の日々。外国人モデルと日本の聖地を巡りファッションフォトを撮る風変わりな企画も進行中。
※以下対談記事中に差し挟む写真は、特にクレジットのない場合、林君ではなく僕、岩田が撮影したものになります。
岩田
まあまあ、いつもどおりで。

林 弘康(以下、林)
いつもどおりでね。じゃあまあとりあえずは、乾杯しましょうか。お疲れさんで。

岩田
お久しぶりの東京で。


そうですよ。 久しぶりの東京だし、君と一緒に飲むのも久しぶりだよね。
Photo : 林 弘康
岩田
東京駅に着いてさっそく言ったよね。「ちかちかする」って。


うん? ちかちかするっていうのは?

岩田
「東京はちかちかする」って。


うん。ちかちかしたね。目にきましたよ。だからね、あそこで撮り始めても良かったかなと思ったんだけど。街が写真になってるんですよ、すでに。それに、こっちも旅心があるから。あそこの横断歩道わたるときの人の流れなんていうのは、普通に撮りたくなる風景だったけど。

岩田
撮りたくなるんだ。


撮りたくなる。だけど、やっぱりね、撮るっていうことをみんな考え過ぎてるのかなと思うんだよね。撮らなきゃ、って。撮らない、撮り逃すっていうことをすると、実は、ウェーブがあとでくる。
Photo : 林 弘康
岩田
うん。


これは僕のチューニングのしかたなんだけど。
ついつい慌てるんです。撮りたい、撮らなきゃ、って。そこをね、一回、流す。流しても、そのあとに来る。ちゃんと写真が来る。それが貝塚だったわけです。

岩田
そのウェーブっていうのは、そういう場所なり状況だからくるの? そういう時間だからくるの? それとも場所を移していくなかで、なんちゅうか、そういう一連の自分の運命みたいなものとして来るの?


今日、撮るか撮らないかっていう話だから、僕にとっては。
場所が東京だろうが千葉だろうが。僕はもう
岩田
つまり撮るエネルギー量が決まってて。


あ、そうそうそう。

岩田
だいたい一日でこんだけしか力使えないよっていう。


でもね、ついついね。東京駅出たときね、あっ、写真が転がってるなっていうのはわかるわけですよ。撮り放題です。だけどね、そこでね。10年前の僕だったらたぶん撮ってる。しゃかりきに。この10年でようやく自分のなかで揺るぎない、揺らされない何かっていうのがでてきて。
一番最初に撮りたい場面が来るわけです。写真が向こうから来るわけです。でもそれを流すんですよ。なんでかっていうと、そこで撮ってしまうと、貝塚でのパワーがダウンするんですよ。これは理由はわかんない。右脳で感じてることだから。

岩田
貝塚、すごかったでしょ。


いや、だから、スイッチが自然に入ったんですよ。あれは見事。
僕のイメージとして、僕はいつも音楽と写真を一緒に考えちゃうんだけど、やっぱジャズなんですよ。僕が個人で撮るものっていうのは。
やっぱりマイルス・デイビス(※1)のエレクトリックの感じ。途中からぐいぐいぐいぐい入ってくるんですよ。コードはスタートから決めてくわけだけど。キース・ジャレット(※2)もそうなんです。音探しながら進んでいくわけです。ぽん、ぽん、ぽん、と。
でも、入る時は入るんです。オレ、わかるんです。「入った」っていう。あの感覚っていうのがね。だからね、出だし頑張っちゃうとダメなんですよ。
※1:マイルス・デイビス … ジャズの帝王と呼ばれるトランペッター。ここでいう「エレクトリックの感じ」というのは、1960年代後半に電子楽器を取り入れ生みだした、うねるようなファンクロックサウンドのこと。
※2:キース・ジャレット … ジャズピアニスト。「ザ・ケルン・コンサート」で見せた完全即興によるソロコンサートは伝説的。
岩田
プリンスの「パープルレイン」(※3)とかも。
※3:プリンスの「パープルレイン」 … 1984年に発表されたプリンスの代表曲。実験的でありながらポピュラーソングとしても成功した名曲。

そうそう。彼のライブもそうですよ。途中でくる。周りから見ると見えないウェーブなんですけど、これはやっぱり来るんですよ。

岩田
ベック(※4)はでも最初から入りたがるんでしょ。
※4:ベック … 米国のミュージシャン、ベック・ハンセンのこと。フォークもヒップホップもノイズミュージックも自由自在に組み合わせ、90年代以降の新しい音楽シーンを作り出した。

ベックはね、あの人はね、わりと緊張しいなんですよ。見てると。わりと緊張しいで、やっぱりその、早くギターを「ガっ!」てやって入っていくもんね。それは彼のリズムの作り方だもんで。
やっぱりその、ブルースマンにしても、マイルス・デイビスにしてもキース・ジャレットにしてもそうなんですけど、徐々に持っていくんですよ。いきなりストンと入らずに。こう、客との会話も含めてスタートしていって、という感じですか。ああいう段取りが僕、好きなんですよね。
で、まあ10年前によく話したんだけど、僕のスタイルって自然法爾(※5)そのままなんで、親鸞の。
そのかわりよく観察しなきゃいけないですよね。どこのタイミングでウェーブがくるのか。ただ狙って力入れすぎるとダメですよ。
※5:自然法爾 … 人為を捨て、ありのままに任せること。
岩田
東京で撮ろうと思えば撮れたんですよね。


撮れてますよ。撮りたかったですよ。はっきり言って。カメラぶらさげてて。あんなものぶらさげるもんじゃないなと思いましたよ。ぶらさげてると撮りたくなるんですよ。それでやっぱ岩田君がさ、東京駅出たところで連れてってくれるわけですよ。なんか、ちょっと場末感がある、イワシのお店に。
そういう路地裏行く時にね、光がさしこんでるわけですよ。やっぱり誘惑にかられるわけですよ。そこ耐えるんです。流すんです。そこじゃないんです。僕のスイッチ。それだけがわかってるんです。そこで撮り始めると後でげんなりしてっちゃう。
それがわかってるから、そこは耐えて。とにかくひたすら嵐が、撮りたいという誘惑が過ぎ去るのを待つ。
誘惑に乗ったときが、エゴなんです。

岩田
エゴ?


エゴなんです。

岩田
例えば、もうこれで10日撮らないって言ったじゃない。


あれ、冗談ですよ。

岩田
何かあるの? だいたい10日間で撮れるのは何枚だ、みたいなのが。

ないですよ、そんなの。ないです。ただし、この先たぶん10日間撮っても、今日撮ったものは超えられないっていうことです。

岩田
超えられないの?


超えられないでしょうね。あれ、見事ですよ。見事なジャズで、ちゃんとオチがあるもの。ちゃんと社に辿り着いたわけでしょ。そもそも、僕、そこに社があるってことを知らなかったわけですよ。
で、君が奇しくも誘導するかたちになったわけですよ。君についていったわけです。

岩田
ちょっとそこ説明してもらいましょう。


どういうこと?

岩田
その、社に辿り着いたっていう話を。


まずは力を抜いてですね。任せるんですよ。君が行く方向に任せるんですよ。
岩田
最初っから方向、僕と林君、違ったよ。


あっ、いやいやいや、柵があったでしょ。あそこ入ってくまでが、君の誘導なんですよ。

岩田
あれはでもね、僕は誘導しちゃいけないと思ったから、別行動で先行ったんですよ。


僕はついてったんですよ。そこは石火の機(※6)で、誘導してるのかついてってるのかわからない状況です。誘導は誘導なんです。でもオレはついてってる。誘導されてるっていえば誘導されてるんだけど、ついてってるといえばついてってるんですよ。そこは曖昧でいいんですよ。
ただ途中で君の気配が消えるんですよ。見事にいなくなるんです。君がその、途端に気配を消して、それはどういう拍子なのかわからないけども、その、まあ、あそこだけの空間に僕がいるっていう状態になるわけですよ。ストーンって入ってくるわけです。あそこが一つの波なわけです。ウワッとくるわけです。それに乗っかるんです。
乗っかる時なんてね、自然と撮ってますよ。入ろうかなと思ったらダメです。もう入ってないとダメです。
そのときにね、撮ってるでしょ。撮ってるうちにだんだんのってくるわけです。独り言喋ってるんです。そのときはもう入ってるわけです。そのままこう、木立を撮ってたわけですよ。いい光も入ってきてるでしょ。しめしめと思ってるわけですよ。まあ、最高の時間帯に連れてきてもらったなと。
これが「撮らされる」ってわけですよ。撮りに行くっていうのは、「貝塚に撮りに行こう」って言って意気込んでなきゃいけないわけですよ。「いいの撮ってやろう」とか。でも、そういう感覚、消すわけですよ。
※6:石火の機 … 物事に心が囚われず迷いのない状態のこと。林君の説明では「自己滅却して他者の動きに完全に同期する身体感覚。スイッチが入る直前に必ず現れる兆候。そのポイントを通過すると自分の感覚が流れそのものになる」という。
岩田
これは仕事なんだけどなあ。撮ってくれるか心配だったもんね、オレは。


うん。だからオレも撮らない可能性、あったから。

岩田
(笑)


それはそれで、どうなるんかなあとは思ってたけど、まあその、さいわいにしてね、時間帯が良かったですよ。絶妙ですよ。

岩田
あれも、たまたまだもんね。

そうそう。で、たまたまって言うんだけど、実はこれ、意味があって。引き寄せるんですよ。

岩田
でも、新幹線何時に乗って何時に貝塚着いてとか計算してない。


してない。 岩田君がどっか連れてってくれるって言ってたけど、オレ、正確な名前も憶えてないですよ。それくらい無関心なんですよ。無関心なんだけど、なんとなく時間帯がこれくらいだから、およそこの天気を見ると、「あっ」と。
予感はあるんですよ。ただ場所は見たことないから、わからない。わからないけど、あの場所に立って、君の気配が消えるとほとんど同時に、のってくるんです。独り言いいながら撮ってくわけです。
そうやって撮ってると、マウンテンバイクのおじさんがいたわけです。
Photo : 林 弘康
あれ、キーマンなんですよ。ぱーっと僕、あそこへ寄っていくんですよ。何かあるんだよ。寄っていくわけですよ。
「どうしたんですか、自転車壊れたんですか?」って訊く。「前タイヤが犬のウンコ踏んじゃって、今、取ってるんです」ってなるわけですよ。
話してるうちに、向こうもなんかこう、「あっ、悪い兄ちゃんじゃないな」っていうことになって。僕がベンチに腰かけたら、あのおじさんも腰かけて。
「岐阜からきたんですけど。ここがパワースポットって聞いて」
こうやって話してるとね、次行く方向を向こうが示すわけですよ。それはオレが訊いちゃダメなんですよ。で、向こうが言うじゃないですか。「あっちはもっとヤバいよ」って。
そのときに、この人の役割がわかったんですよ。
これ、すごく神話的なレベルで考えなきゃいけないんですよ。ドラクエでもいいんだけど。その場所には必ずキーマンがいて、話をすると必ずヒントを与えてくれる。それを拾えるかどうかっていう話なんです。
僕はそれ、信じきってます。石垣行ってもそうだし、沖縄行っても、必ず誰かがヒントを与えてくれる。連れてってくれる。そこ行くと、必ず景色がある。
引き寄せられるっていうのは、体感で知ってる。それは求めなくても、必ずそこに行きつく。むしろそういう心境でいると、景色が勝手に向こうからやってくるんですよ。それ、僕は確信としてある。
で、そのとおりに、そのおじさんは「あっちの方、下はヤバいよ」って言ったんです。
ふつうに曇りだったらヤバくないんですけど、陽射しがヤバかったんですよね。それは不思議な偶然の一致だなと思います。
岩田
たしかあっちのほう、そんなに


特にないでしょ。

岩田
ないよね。


でも僕はすごいなと思ったんですよ。なぜならばそのときに、斜めになった光が、あそこ一番強く当たってた時間帯。だからすごく明暗が出る。
まあ今、文字に起こすとそうだよっていう話。そのときは感じてるだけ。
結局、あそこの貝塚を、貝のある側ではなく、逆側に導かれたわけですよ。
で、そのまま撮り進めていき、で、坂があって、ちょっと登りきったところで、オレたちが最初入ってきたところだなあ、と思ったんですよ。これで終わりなのかなあ。いや、でもこれで終わりじゃないよな。オチがまだきてないぞ、と。キース・ジャレットでいう一番乗り切るところじゃないな、と。そういうのがあって。
そしたらね、ちょっとね、感じるんです。
右手に。光と、何かが。

岩田
大丈夫ですか(笑)?


えっ? やばくなってますかね?

岩田
やばくなってるね。


やばくなってるね。

岩田
そのままいこう(笑)。


で、うん、やっぱりその、光をね。感知するわけですよ。こう、右脳が、右側を感じるわけです。
岩田
やっぱり出てきたね、右脳が。


「右側に気をつけろ」と(※7)。

岩田
「右側に気をつけろ」、そういう意味か、あれ(笑)?


そういう意味があるんだと思うね。
※7:右側に気をつけろ … ジャン・リュック・ゴダール監督による1987年の映画。「理解しようとは思わずただ感じるように観る映画」として、ゴダール作品の中でも特に難解なことで有名。
岩田
ほんとか(笑)?


そうそう。まあ「左側に気をつけろ」(※8)っていう映画もあったよ。
※8:左側に気をつけろ … 監督ルネ・クレマン、主演ジャック・タチによる、ボクシングを描いた短編コメディー。1936年フランス。
岩田
あるある。


あれはコメディーのほうじゃなかったかな。

岩田
そっちが先だからね。


あっ、「左側に気をつけろ」が先なのか。そうか、そうか。
まあ僕はその、「右側に気をつけろ」っていう声を聴いたもんだから(笑)。
そこでやっぱり右側を振り向いたら、すごい立派な木があったわけですよ。
Photo : 林 弘康