デザインの世界で、これまでとはまるで違った地図を描いている人がいます。NOSIGNER(ノザイナー)の太刀川瑛弼さんです。
デザインを通して社会が向かうべき仕組み作りに関わり、人と人とを繋ごうと動いています。その活動はたちまち世界の注目するところとなり、ペントアワードをはじめ国際的な賞も次々と受賞しています。
太刀川さん曰く「デザインは社会的な機能を持つんです」。
例えばMozillaのオフィスデザインでは、常識を覆して制作工程から設計図面まで全公開しました。また、震災40時間後に立ち上げた防災情報サイト「OLIVE」では、生きる知恵を集積する場を作る、そのこと自体がデザイン活動として立ち現れました。しかもこうしたすべてが、ビジュアルデザインとしても高いレベルで仕上がっています。
これで、みんなも作れる。知財を解放することで社会をエクスパンドする。
そんな太刀川さんに会いたくて、岩田がNOSIGNERのオフィスを訪問してきました。
太刀川瑛弼 プロフィール

1981年生まれ。
慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。2006年、NOSIGNERを創業。
「社会に良い変化をもたらすためのデザイン」を理念に、グラフィックからプロダクト、空間デザインまで総合的なデザイン戦略を手がけている。
Design for Asia Award大賞、PENTAWARDS PLATINUM、SDA 最優秀賞、DSA 空間デザイン優秀賞など多数受賞。
岩田
一般的なアプローチの仕方があるとしたら、太刀川さんのデザインというのは、そこをいったんズラすというか、視点を変えるというか、そんなところがあると思うんです。
すごいなあと思うのは、そうやってズラしたものが的確で。本質的で。どうしてそんな視点が発見できてしまうんだろうと思って。
その秘密が聞きたいです。

太刀川
ありがとうございます。嬉しいなぁ。うーん、どこから話しましょうか。

岩田
お任せします。
太刀川
そうですね、僕が目指しているのは、クオリティーができるだけ高いほうがいいなっていうのは当たり前として、フィロソフィー、つまり哲学ですね、それに関してはゲームチェンジャーでありたいっていうのがすごいあるんですよ。だから、クオリティーが高いままルールは変えたいっていう。クオリティーとフィロソフィーの両立をしたいっていうのがずっとあるんです。
だいたいこう、アパレルの世界にしても、今も残ってる人たちはどこかでゲームチェンジャーなんですよね。しかも時代性とかも裏返しでそこにあったりするわけですよ。やっぱりイッセイさんにしても、着物的な、反物一枚からみたいな文脈を継いでいるし、ヨウジさんみたいな人でも、昔の忍者装束みたいなところを継いでいるし、何かこう、その流れの中で、要するにある種の「ここで立つんだ」みたいな明確さをもっている。これって、強いんですよね。それがフィロソフィー、哲学ですよね。
同時に、これが裏返って規範にもなるわけ。プリンシパルにもなるわけ。プリンシパルがしっかりしているブランドは強いんですよ。選び取るルールがしっかりしてるってことだから。選び取るルールがしっかりしてる人っていうのは、やっぱりセンスが出てくる。
だからクオリティーとフィロソフィー、この両軸をどうやってやるかっていうのが、いつも僕が意識してることかな。
まずクオリティーに関してですが、よくこの例えするんだけど、イワタさん、ラーメン好きですか?

岩田
ぼちぼちですね。カレーのほうが好きです。

太刀川
何軒かおいしいカレー屋さん知ってるでしょ?

岩田
知ってますねえ。
太刀川
で、カレー屋さんで、例えばインドカレー屋さんで、あるところは美味しい、あるところはマズイとしましょう。でもね、それがわかるイワタさんはすごいと思うの。ないし、それがわかる僕もすごいなと思うし。
どういうことかと言うと、例えばサグチキンカレーっていう、ほうれん草とチキンのカレーがあって、あれに入っているのって、だいたいチキンとほうれん草と生クリームと…って変わんないんですよ。だけど、ここのサグチキンはうまい、ここのサグチキンはまずいって、僕らは言ってるわけ。要するにものすごい微差なんですよ。このものすごい微差を、比較をくりかえすことで僕らは大差として認識できる。そういうふうにできているんですよ、僕らの認知は。
要するに、いっぱい比べた人は、どんどんクオリティーラインが培われるっていうのが、あるわけ。
何が言いたいかっていうと、さっきのクオリティーの話っていうのは、例えばすごいクオリティーの高い表現がしたいってなった場合に、いきなりすごいおいしいサグチキンカレーが作れるようになるか、それはわからないですよ。でも、いきなりすごいおいしいサグチキンカレーを食べたときに、それがうまいと認知する、ないしはまずいものと比較してその差を感じることは、たぶん、一週間くらい食べ歩けば、どの料理のジャンルでも誰でもできるようになることなんですよね。

岩田
なりますね。

太刀川
それと一緒で、ファッションもそうだし、デザインもそうなの。すごいざっくり言うと、みんな、比較してないからわかんないんです。

岩田
僕は「勉強してないから」って言いますね。若い子たちには「もっと勉強してください」って。

太刀川
そうそう。勉強というか、好きだから比較してるって状態なんですよね。

岩田
まあ、そうなんですけどね。

太刀川
それを勉強と呼ぶか呼ばないかなんだけど、でもこれ、勉強なんですよね。
勉強って基本そういうもんで、比較を繰り返した人が、比較の中でクオリティーの高い状況がどういうことかっていうことを知ることができる。世阿弥なんかが守破離って言ってるけど「守る」「破る」「離れる」ですね。それはすべての芸事のプロセスって言われてるんですけどね。守るっていうのは、そうやってまずクオリティーラインを感じられるようになるっていうことですよ。

岩田
今あるものをちゃんと知る。現状を知る。だから「守る」ですね。
太刀川
クオリティーとは何かがわかる。基本がわかる。だから守るっていうわけですね。
で、破るっていうのは、そういう基本を十分に受け取ったあとに、「こうやったほうがもっと美味しいんじゃね?」っていう今までにない捉え方をし始める。これを破るっていう。古田織部なんかが、利休の侘び茶から、ああいうちょっと華美なところへいく。そんな過程で起きたようなことに近いかもしれない。利休の型を破っていく、拡げてみる。そして最後は、離れてみる。
これが面白いんですけど、否定するんじゃないんですよ、最後は。破る時は否定してるじゃないですか。でもこのあとで、私のはこれです、でもあなたのもいいよね、ていうふうに、ある種の多様な選択肢の一つになるっていうことです。これが、最終的にあるわけです。これは面白いことだなあって思うんですけど。
豚骨ラーメンだって、博多のハリガネの細麺がいいって言ってる人が、横浜豚骨の太麺で背脂みたいなのが嫌いかっていうと、まあ、これはこれでいいよね、っていう感じになるじゃないですか。どっちもいいじゃんみたいな。つまり一つの流れになっていく。そうやって一つの文脈ができる。
「守る」っていうパートをちゃんとやったあとに、「破る」「離れる」っていうところがきれいにできると、文脈ができるんですよ。流派ができるわけ。それと一緒で、ブランドもそうなわけですよ。
でも、その「破る」「離れる」をやるためには、いきなり破り始めると、ダサい人になっちゃうんですよね。基本がないのに破るとまずいから。まずラーメンを食べ歩くとかカレーを食べ歩くところから始めないといけない。なんの芸事であっても。デザインもそうなんだよなあって思うんですよね。
だから、さっきの話でいうと、僕はずっとね、デザインがうまくなりたいの。あたりまえなんだけど。うまくなりたいから、いろんなものを見ることにしている。でも同時に、破っていく。離れていく。
今デザインはすごく面白い時代にきてるなって思うんですよ。なんでかっていうとね、世の中いろんなたくさんの人が変わりたいんだと思うの。このね、20世紀後半が生んだ呪いみたいなものから離れたいんだと思うの。
岩田
どんな呪いですかね。

太刀川
大量生産大量消費と金融資本主義が合わさっちゃって化け物になっちゃったっていうやつですよね。

岩田
オペレーショナルな自動世界ですか。

太刀川
オペレーショナルな自動世界だし、それは部分最適的に売上を求めるということはあっても、それが結局、その先でいったいどういった破壊を引き起こしているか、僕らには想像がつかないっていう世界ですよね。みんな、本当に他人事のように聞くんですよ。例えば焼畑とか商業伐採とかで、熱帯雨林がドイツ一個分なくなりました、とか。え? ドイツ一個分ってどういうことみたいな。よくわかんない、みたいな。

岩田
単位が違う、東京ドーム一個分とかじゃない。

太刀川
やばいよね。やばいことはわかるけど、何それ、みたいな。他人事のように僕らは聞いているんですよね。

岩田
そうですね。

太刀川
それっていうのは、縁が切り離されてしまった世界ですよね。ほんとは、それに僕らは関係してるのに。それでも同じことをずっと繰り返してきて、ついにヤバいみたいなのが、今じゃないですか。
しかもインターネットが出てきたんですよね。インターネットっていうのは希望でもあったんですよね。
今までこう、市場経済の中では、僕らは個人主義を追っていくっていうか、分化していって、自分たちが歴史上培ってきた財産を、その都度個人の欲のために解放してもらわないといけなかったわけ。要するに個人主義を繰り返していくことで、今まで500年続いてきた先祖の財産を自分のフェラーリのために使ってもらわなくてはいけないっていう。それはフェラーリだけじゃないですよ。あらゆるものが。

岩田
35年ローンの家がいちばんわかりやすい。
太刀川
そう、35年ローンの家がわかりやすいでしょ。そうなんですよ。そういう時代に飼いならされちゃったわけだなあ。まあ、これは僕が言ってもジェネラルな話なんで、しょうがないんですけど。
話を戻すと、そういうふうに、課題もあれば希望もあるみたいな。いろいろ変わってもいるけれども、課題はそのままあるみたいな状態で、さっきのゲームチェンジャーみたいな人たちがどんどん出てこなきゃいけないっていうのは、世界の共有認識なんですよね。だからソーシャル・アントレプレナーっていわれる社会起業家の人たちがすごく注目されたり、イントラプレナーみたいな企業の中にいながら起業家精神をもってやっていく人たちがすごく注目されていたり、スタートアップの人たちが注目されていたりとか。ゲームチェンジャーに対する期待ですよね。
そういうことのなかで、ゲームチェンジしようとする人たちが全員、必要とするのがデザインなんですよ。デザインがないとわかんないからね。デザインって伝達力があるので。モノで伝達するっていう力があるので。
岩田
太刀川さんの言うデザインって、別にビジュアル、視覚的なものだけじゃないですもんね。目に見えない関係性をデザインするとか。

太刀川
そうですね。でも今ここで言ってるデザインは、視覚的なものだけでも十分言える話です。
やっぱね、視覚的なものに効果がないかっていったら、ものすごくあるんですよ。もっといえば、視覚的なものと関係性的なものを表裏一体で繋ぐっていうのが僕の仕事なの。関係性だけやっても、視覚だけやってもダメ。両方が一直線上に繋がる、裏表で繋がるっていう関係を作れると、その関係性にみんな気が付いてくれるんですわ。
さっきのこう、縁が見通せないみたいな話、その先にどんなことがあるのかわからないみたいな話があったけど、それを見通せるようにしちゃうっていうことを、たまにデザインで担保できるんですね、狙うと。そういうふうに狙うとね。まあ、そういうことをやりたいっていうことなんですけど。
で、そう、デザインにとって面白い時代だな、チャンスだなと。でも困った時代でもあるなあ、みたいな。その2つの間に橋を架けたいなあと。