※ 楽天では規約上(楽天外部へのリンク禁止)、一部掲載できないコンテンツもあるため、フルコンテンツは本店の会員さん限定での配信となっています。
いしまるあきこさんは、一級建築士です。なのに、建てたがらない。なんで建てたがらないのか? 建築をとりまく日本の現状を知れば、理由がわかります。

1950年代は2%以下だった空き家率は年々増え続け、2013年現在、13.5%にまで膨らんでいます。富士通総研による今年の発表では、もし今のペースで家を建て続ければ、2033年には空き家率は最大で28.5%にまで増えると試算されています。
つまり、3軒に1軒が空き家。これは日本がゴーストタウン化するということです。
それでも建築・住宅産業関係者たちは、建てつづけることをやめない。なぜなら、それで飯を食べているから…。

これはやっぱり、おかしくないでしょうか? 今すでにある建築をどう使っていくかという考えにシフトしていかないと、まずくないでしょうか?
そんな意識も抱えながら、いしまるさんとお話してきました。
岩田 和憲
いしまるあきこさんのプロフィール

建てたがらない建築士。
いしまるあきこ一級建築士事務所主宰。
1978年生まれ。
建築への興味を持ってもらうために、多種多彩な建築的きっかけづくりをしている。
主な活動に、既存の家や店舗を活用し、自身でデザインし自身でつくるセルフリノベーション、「Re1920記憶」(関東大震災の復興住宅・同潤会アパートメント、1920年代、リノベーションの3つをテーマにした展示イベント)の主宰、女性でもできるセルフリノベーション活動「リノベ女子」代表、建築関連雑誌や書籍の編集・ライター、アーティストマネージメント、ラジオやテレビ番組の制作など。
建物を必要以上に壊して作るのではなく、既存の建物の良さを見い出し手をかけ有効活用する、そんな人と建築との関わり方を提案している。
(…湯島天神のお祭りが開かれるなか、空き家のNさん家にて)

岩田
すごいエネルギッシュな方なんだろうなと思って来たんですけど、

いしまるあきこ(以下、いしまる)
(笑)

岩田
いや、エネルギッシュだとは思うんですけど、想像以上にほわんとしてて、ちょっとびっくりです。
いしまる
よく、ゆるいと言われます。
もともとの性格としゃべり方がそう感じさせると思うのですけど、多少は意識はしてまして。

岩田
キャラを?

いしまる
キャラを。建築士とかいうと、堅いイメージじゃないですか。
あと、わたしの漢字の名前「石丸彰子」はものすごく怖く見えるので。

岩田
そうですか?

いしまる
はい。
名前がすごく怖い印象を与えるなと前から思っているので、ひらがなの「いしまるあきこ」を使ってるんです。

岩田
僕の名前なんて平和憲法ですよ。

いしまる
平和憲法?

岩田
和憲。めちゃくちゃ堅い。

いしまる
ああー、そうかもしれないですね。

岩田
画数診断では人運、外運、地運、天運、総運すべて満点なんですけど。
それだけで親父が決めた。

いしまる
へー。 私の名前の漢字も親が画数を考えてつけていて…

岩田
彰という字ですよね。
いしまる
はい。表彰状の彰の字。彰子(あきこ)なんですけど。
ただ、そうとう堅い印象を与えるので、ひらがなを使うようになりました。
あと、むかし、勤め先ではとうぜん漢字の名前を使うので、それと個人の活動をわける意味でも、漢字とひらがなっていう使い分けをし始めたのがそもそもです。

岩田
個人でやろうっていうのは、もう就職する前から決めてたんですか?

いしまる
うーん。そんなことは考えなかったですけども。
ただ、どこかに所属するよりは一人でやったほうが向いてるなというのはだんだん思うようになりました。

岩田
決めてたわけではないんですね。

いしまる
はい。フリーでやろうというすごく強い意志をもっていたわけではなかったです。就職をしていますし。

岩田
「30歳になるまでにわたしは死ぬんだと思って、30歳までにぜんぶやろうというつもりで生きてきました」って、何かのインタビューで仰ってたじゃないですか。

いしまる
はい。そうなんです。思い込んでしまいまして。

岩田
今、30過ぎて…

いしまる
そうなんです、だいぶ過ぎちゃったんで。少しだけ、ゆるく生きるようになりました(笑)。
岩田
主張しなくなったということですか?

いしまる
いや、時間的なことです。前はもう睡眠時間削っていろいろやってました。
小学生のときに、手相を自分で見て、生命線が短いと思っちゃったんです。で、「あっ、これは30歳ぐらいで死ぬな」と思いこんじゃったんですよ、10歳ぐらいのときに。

岩田
そういう理由だったんですか。

いしまる
はい。理由はそんなもんなんですけど。
30歳ぐらいで死ぬんだったら、とりあえずやりたいことを我慢しないでやったほうがいいな、っていうふうに思っちゃったんですね。

岩田
見せていただけますか、手。

いしまる
今はもう、たいして短くないです。

岩田
ああ…。小さいころは短かったんですか?

いしまる
途中でちょっと切れがちな感じの。

岩田
うん。なんか2本ある。

いしまる
乱れがちな感じですけど。
そんなささいな理由ですけど、そう思い込んでしまいまして、それで、なんでも思ったことはやろう、やりたいと思ったらやろうと。
「またいつかできるし」と思う方がわりと多いじゃないですか。けど、わたしの場合30歳っていうリミットがかつてあったもんですから。なので、睡眠時間とか削って。

岩田
何時間くらい?
いしまる
4時間とかですけど。
日中、何かしら働いてるじゃないですか。で、仕事から帰ったあとに活動なり、何かをやるっていう。お金にならなそうなボランティア的なこととかを夜中にやってました。

岩田
リフォームとか、リノベーション活動とかですか?

いしまる
セルフリノベーションをやり始めたのはわりと最近です。
4時間睡眠とかでやってたのは、2007年の、音楽家の2人組のユニットの音楽ツアーの企画制作とか、建築の展示イベントです。

岩田
あのー、太鼓と箏の。

いしまる
それは太鼓のはせみきたさんと箏弾きのかりんさんのツアーですね。その前に歌を歌う玉井夕海さんと、お箏を弾きながら歌うかりんさんの2人組のユニットがありました。その全国ツアーを考えてほしい、一緒にやってほしいって玉井さんに言われて。
それで、その企画をしたり、開催地と連絡取り合ったり準備したり、いろんなことをやってたんですけど。

岩田
その話と建築ってどこかで結びついてるんですか?

いしまる
建築的に面白い会場を選んでいたりとか、ちょっと変わった場所でやるっていうことをしてるんですね。例えば民家、ビルの屋上、教会、美術館、お祭り、港、などなど。
そのことを伝える場合もありますし、そんなに言わないで、ただ会場がここですと言うだけのこともあるんですけど。
お客さんは知らないうちに面白い建築や空間に来てるっていう。不思議な体験の場や記憶をつくることをしてます。
© いしまるあきこ
玉井夕海さん(唄)かりんさん(25絃箏・唄)のプライベートライブ。
2007年、札幌のモエレ沼公園にて。
© いしまるあきこ
はせみきたさん(太鼓・唄)かりんさん(25絃箏・唄)の東北ツアー。
2012年、陸前高田・りくカフェにて。
岩田
どっから入ればいいのかな、なんか難しいな(笑)。

いしまる
そうなんですよね。わたしのやってることが非常に幅が広くて、すごい複雑に見えるようなので、ちょっと、まとめるの難しいかもしれないです。

岩田
うん。…しかも、僕、まとめないんですよ。

いしまる
ああ、そうなんですね。

岩田
そのまんま書き起こしてるだけなんです。

いしまる
仕事や活動の話なんですよね?

岩田
なんでもいいですよ。

いしまる
なんでもいい(笑)

岩田
取材させてくださいって申し込みながら、なんでもいいって、ひどい話ですけど(笑)。

いしまる
せっかくいらしていただいてるんで、そうですね、ここについてお話するとですね…

岩田
ああ、この場所のことですね?

いしまる
はい。「空き家開き」と言って、今年から始めているんですけど。
「空き家開き」というのは「空き家を開く」ことで、空き家を空き家ではなくすプロジェクトです。
このNさん家、すごい立派ですし、充分使えるんですけど、空き家なんですね。
岩田
いつの建物ですか?

いしまる
40年前ぐらいです。内装がわりときちんと手入れされてるので新しく見えるかもしれないですけど。

岩田
いや、もっと古いのかなと。外観がなんか蔵造りのような…

いしまる
少し変わった感じで。
蔵ではないんですけど、2階で会員制の料亭を一時されていたことがあるみたいで。なので玄関も料亭風な感じというか。
今のオーナーさんがわりと年配の方なんで、階段の昇り降りとかが大変になってきたんで、別の、わりと近いマンションに移られて。ただ、こちらの家が空いてしまうのももったいないので、何か使えないかなっていうことでご相談を受けたんです。
三浦展さんの「あなたの住まいの見つけ方」っていう本の、リノベーション女子インタビューでわたしのことを書いてくださって、それをこの家のオーナーさんが見て、
あなたの住まいの見つけ方(ちくまプリマー新書)

家を買おうにもとにかく高い。戦後日本の住宅をめぐる変遷史を紹介しながら、今、家というものをどう捉えるのか、どんな住み方があるのか、リノベーション、シェアハウスなど最新の事例を通して紹介している。
岩田
今、その本ありますよ。(鞄から本を取り出す…)

いしまる
あああー、ありがとうございます。
それで、出版社さん経由で連絡をくださって。
今の時代、“いしまるあきこ”でひらがなでネット検索してくださればいろいろな情報出てくるし、直接連絡もとれるのですけど、そういうのはされない世代の方です。
なので出版社経由でわざわざご連絡下さって。
ここを見に来たのが去年の7月なんですけど。
「空き家ではもったいないし、何かできませんかね」っていう話。
最初は「ここを改築とかしていろいろ使いやすくしたいなと思ってるんですけど、どう思いますか?」って言われて。
でも充分キレイですし、改築する必要性をわたしはぜんぜん感じなかったので「これで充分いいんじゃないですか」っていう話をして。
いろいろ話をしていくうちに、どうも必要としているのは改築とかではなくて、

岩田
維持?

いしまる
維持。
こういう空き家を使いたい方はいらっしゃるんで、最初はいろいろ、使いたい方を見つけてコーディネートする話をしてたんですけど、そうではなくて。
わたしとの関係性で、まずは、わたしがこの空き家を使って何かやるっていう話に落ち着いたんです。
で、まず1月に、アサダワタルさん(※1)を招いてトークイベントをやってみました。
※1:アサダワタルさん … 作家、音楽家、プロデューサー。自宅の一部を他者に開放する「住み開き」では、すでにあるものから新しいコミュニティ空間を作ることを提案。“日常編集家”として様々なアートプロジェクトを行っている。
岩田
これ、ただでお借りしてるんですよね?

いしまる
今のところはただですね。最初は、収入を得たらそこからいろいろ折半しましょうって言ってたんですけど、お金ではないということで。

岩田
改築の話で思い出したんですけど、加山雄三の若大将シリーズあるじゃないですか。

いしまる
はい。
岩田
あれ、加山雄三の設定が六本木のすき焼屋の倅で、1960年代の映画なんだけど、「親父たち、古いやり方はもういいんだよ」って若大将が言って、「こんな古い建物壊して鉄筋で建て直したほうが客が集まるよ」って言って。そしたら「若大将いいこと言うねえ」みたいな。周りがわーっと盛り上がって。

いしまる
ああー。

岩田
実際、そういうオチなんですよ。すき焼屋がモダンに建て替わって大繁盛するっていう。
で、だいたいそれと同じ時代に、「男はつらいよ」で寅さんが、「こんなキタねえだんご屋早く潰して、シャレた鉄筋建てにすればいいじゃねえか」って言うんです。でも、もう親族一同、「バカだねえ、おまえは」って呆れるシーンがあって。

いしまる
真逆ですね。

岩田
そう。同じ時代の同じ人気シリーズじゃないですか。でもまったく違う考え方が2つあるの。建築というか人の考えって、今もその2つにわかれるんじゃないかと思って。それがすごい面白いなあと思って。

いしまる
ここももちろん建て替えようと思えば立地も良いですし、いくらでも建て替えられると思うんですけど、オーナーさんもお年がお年なので、今べつにそれをやっても、あと何年生きれるのかとおっしゃる。

岩田
建て替えるとしたらその家賃収入でっていうイメージですよね。

いしまる
建て替えるとしたら普通はそうでしょうね。ただやっぱり愛着がある家だし、そこまでしなくていいかなっていうことだと思います。
次号につづく

梅雨をスタイリッシュに乗り切る

ハンコックのゴム引きコートを使った梅雨のカジュアルコーディネイト。アウターとインナー、シューズにシーズンカラーのブルーを挿して気分を演出。コートのフォーマル感と、ゴム引き素材特有の機能性が新鮮なカジュアルアイコンになっています。間に挟んだホワイトパンツをアクセントにして、ライト感とリラックスしたスタイリングを完成させています。 (西岡)

使用アイテム



時には大胆な柄で遊びたい

季節を感じさせるアイテムを取り入れたウィークエンドスタイル。いつもはモノトーンをあわせるシンプルなワンピースに、大胆な花柄が美しいグリーンのバッグをプラスして華やかな雰囲気にしました。紫外線対策として欠かせないサングラスと帽子はこの時期の必須アイテム。なだらかな曲線がモダンなシルバーのバングルで清潔感を与えれば、重たくなりがちなブラックでも清々しく着こなせます。 (村越)

使用アイテム


※以下対談記事中に差し挟む写真は、特にクレジットのない場合、林君ではなく僕、岩田が撮影したものになります。
Photo : 林 弘康
林 弘康(以下、林)
ブルースといえば3コードなんだけど、島に行くようになってからね、2コードが気にかかるようになって。
ベックの「プッティン・イット・ダウン」って曲、あるでしょ。君が貸してくれたステレオ・パシフィックなんたらっていうやつ。サイケなジャケの。

岩田
ステレオ・パシフィック・ソウル・マニュアー?


そうそう。その中の入ってる「プッティン・イット・ダウン」って曲。ほとんど2コードでやってるんですよ。むっちゃカッコいいんですよ。
2コードいいなあと、去年の夏ぐらいに2コードきちゃって。
ウッドストックでリッチー・ヘブンスだっけ、あれもほとんど2コードでやってるね。

岩田
ジョン・リー・フッカー、1コードだよ。


1コードか、あいつ。

岩田
ジョン・リー・フッカー、ほとんど1コードで、


へえー。 なんなのあの、シンプルな。だけど奥行きあるんだよね。
すごいね。なんなんだろう。

岩田
あれね、僕、ギター下手だけど、実際1コードで弾いてみると、トリップ入ってくるよ。デッデデッデデッデデッデ、デッデデッデデッデデッデ、って弾いてって、次、2コード目に入るじゃない。

そこを入らない。

岩田
そこを入らない。スケールを行ったり来たりしながら、でもコードは同じのままでずっとやってみると何となくわかるよ。体感として。


へえー。

岩田
2コード目に行くと、ストーリーができちゃうけど、1コードだと、ストーリーができないんでエンドレス・ループに入っちゃう。
だからジョン・リー・フッカーのアルバムに「エンドレス・ブーギー」っていうのがあるんですけど、あれは理由がよくわかる。


エンドレスになっちゃうんだ。

岩田
終わらない。カフカの小説だよ。


そう繋げるか。

岩田
カフカは最初の一センテンス目に全部書かれてるから。
あとは最初の一文の周りをずっとループしてる。


君はそういうとこ好きだよね。ボルヘスもそうなんだけどね。繋がったサイクルというか、エンドレスなものを。無限のイメージを。だから1コードなのね。
Photo : 林 弘康
岩田
ボルヘスって球体のイメージがあって、あれを別に3コードで三角形で示してもいいし、1コードでぜんぶ含み込んだ円にしちゃってもいいんだけど、ようは、無限のループだよね。無限のループをいちばん確信させるもの、いちばん幸福なカタチっていうのは、やっぱり1コードになっちゃうんだよ。


テクノもそうだよね。基本1コードにトラック重ねていくわけ。それでトリップ感を出してる、そういう感じがしますね。

岩田
テクノって基本的に1コードなの?


基本的に1コードでしょ。

岩田
1コード入ると、ほんと、クスリの感じするよね。


シンプルな快なわけですよ(笑)。

岩田
僕ね、ブルーハーツ好きなんだけど、ブルーハーツとボブ・ディラン、似てるんだよ。コード数を3つか4つに抑えてて。
だいたいあそこらへんがミニマムな音楽なんだろうなっていう気がする。
で、もうちょっとヤバいのが入ってくると2コードにしたり1コードにするんだけど、商業制作狙うと、3コード、4コードでは普通の人は収まりにくいんだろうな。
商業を無視したときに、3、4コードがむくむくと起きてきて、


面白いね。
岩田
面白いよね。商業無視ラインだよ。それがボブ・ディラン、ブルーハーツあたりで起き出してくる。
僕、そこらへん、すごい好きなの。


今、いろいろわかった。それ、写真に変換したら森山大道がそうだ。あれ、1コードなんですよ。

岩田
アラーキーは何コード?


アラーキーは、クラシックなんですよ。あれは天才ですよ。
僕、彼の写真展を、去年の5月に見に行きましたよ。でね、これでおしまいでいいと思いました。ほかのやつ見なくていいと思いました。それくらい圧倒的なものがありますよ。でね、彼は多彩な多トラックでくるんだけどね、やっぱり1コードなんですよ。
でもアラーキー天才だから、コードは1コードなのにいろんな表現を使ってくるわけですよ。カラーだろうがモノクロだろうが、多彩多重の構造にしつつ。でも、1コード。一貫してるの。ブレてない。撮り方が。
オレ、あれ見てね、もう森山大道へ行かないと思ったね。森山大道、大好きだけど。アラーキーの写真展を最初で最後にしようと思ったの。

岩田
ん? 最初なの?


初めて展示会というものを見に行ったけども。

岩田
あっ、そうなんだ(笑)。


もう、充分です。お腹いっぱいです。
グスタフ・マーラーを聴かされて、もう、ほかのクラシック聴きませんっていう感じ。ベートーベンもいらないです、モーツァルトもいらないです、シューベルトもいらないです。グスタフ・マーラー、一本で十分でしょう。
そういう感じはありましたね、アラーキーも。やられちゃったね。
Photo : 林 弘康
岩田
あるね、そういうの。


ある。

岩田
ブルースだとやっぱりね、ジョン・リー・フッカーとライトニン・ホプキンス聴いときゃあ、みたいなのあるよね。


結局そこなんだよ。
知り合いの人からね、「フェイスブックでブルース特集やってもらえませんか」って言われて。で、家帰って、ブルースの編集したんですよ。
真っ先にピックアップしたのが、ライトニン・ホプキンスとジョン・リー・フッカー。ぽんぽん、と出てきた。もう終わってるんですよ。
でもこれじゃあ特集にならないから。レッドベリーとかスリーピー・ジョン・エステスとかロバート・ジョンソン、最後にケブ・モまで入れちゃって。そういう組合せなんですよ。
でもやっぱりね、ライトニン・ホプキンスとジョン・リー・フッカーでもう終わってるんですよ。

岩田
レッドベリーとロバート・ジョンソン、格下でしょ(笑)?
すごい話だよね。レッドベリーとロバート・ジョンソン、格下なんだっていう。


そう。

岩田
常識覆すよね。


覆す。

岩田
でも、そうだよね。

そうなんだよ。
ブルースっていうのは19くらいのときからちょっと興味がありました。でも本格的なブルースは何なんだっていう話になって、で、まあ、フレディ・キング聴く、B.B.キング聴く。なんか物足りなさを感じるわけですね。
で、僕、運が良くて、大学2年生ぐらいのときかな、タワレコかHMVか忘れましたけど、行ったらブルース特集をやってる。そのときにね、これ面白い話で、僕、2枚だけブルースのCDをジャケ買いしたんです。それがジョン・リー・フッカーとライトニン・ホプキンス。ちゃんと出会うんですよ。
僕はね、だから思うんです。なんなんだろうこの感覚。引き寄せが精確。ジャケ買いで直感が当たる。不思議と。なんか変なアンテナが働くんです。
写真集もそうです。森山大道もブルース・ウェーバーもピーター・リンドバーグも、彼らが巨匠ということもわかんないのに、本屋さん行って僕、買ってるわけです。あとで調べたら、大御所なんだと。
僕は不思議な何かがありますね。前情報なしで買えるんです。

岩田
普及してるからじゃないの?


それもあると思うよ。
でも普及してるやつってクソもいっぱいあるんですね。ブルースコーナー行ってもそうですよ。

岩田
それくらいの選別はするんじゃないの。


だって試聴できないんだよ

岩田
それくらいはジャケの雰囲気で選別するんじゃないの。
Photo : 林 弘康

するの?

岩田
その程度のことはあるかなあと思うけど。


あるかあ。
飲むかい?

岩田
飲むよ。


いや、それがね、ライトニン・ホプキンスとジョン・リー・フッカーをチョイスする直感と、僕が写真を撮る場所の選定の仕方が、そっくりなんです。間違いない。
だから、写真行為っていうのは、ある程度揺るぎないものじゃないと撮らないよってことで。それも撮るより先に直感してないと。そのやり方で間違いないっていう。
僕がタワレコで最初にチョイスしたライトニン・ホプキンスとジョン・リー・フッカー、それは間違いないって思うわけですよ。それと、写真撮りに行く、連れてってもらう、連れてってもらった先でぜんぶいいものが間違いなく撮れる、っていう直感ですよ。
だからね、結局は、自己暗示なんですよ。

岩田
うん。まあそうなんだろうね。


で、自己暗示をかけるんだけど、偶然性の世界なんで不安になったりするんですよ。そうじゃなかったらどうしよう、とかね。
それを一切、入れないってことです。その余地なし。自信満々。
それが態度です。

岩田
そういうこと、僕も意識してるんだけど。 そういうこと、できるの?

できますよ。それでいけば間違いないっていうのがわかってるから。それで押し通すってことです。押し通すっていうのが大事ですよ。
ちょっと不安になりますよ、僕も。なんだけど、それを入れ込んじゃうとホントこなくなっちゃうんで、押し通すんです。
僕、そのための自己訓練をしてるだけですよ。
思い通りにしたいわけじゃないですけど、思い通りになるんです。

岩田
やっぱりオレと似てるかもしれない(笑)。


考え方がですか?

岩田
うん。 どこまで進めるかは違うんだろうけど、似てるなあ。そうだよね、自己暗示するんだよ。


自己暗示ですよ。自己暗示でいかに、

岩田
ポジティブでしょ?


自己暗示するときはね。

岩田
そういう方向でポジティブに認証するじゃないですか。


もちろんそうですよ。
必ずゾーンに入るっていうシンプルな暗示ですよ。
岩田
入らないときもあるでしょ。


絶対入りますよ。

岩田
絶対入るの?


ていう確信がないと絶対入れないですよ。

岩田
絶対入るの?


絶対入る。

岩田
絶対入るの?


それはもう、僕の個人的な仕事もそうだし。絶対入りますよ。
入る? じゃなくて入ります、僕は。
「はい、失礼します」って言って入っていきます。

岩田
無理くり?


無理くりじゃなくて入るようになる。普通に入れるの。
…っていうのが自己暗示ですよ(笑)。ははははは(笑)。
大いなる嘘ですよ(笑)。

Photo : 林 弘康
これで林君との話はおしまいです。
お読みいただきありがとうございました。









岩田
もともとは、ご実家が、

小田 康平(以下、小田)
花屋です。

岩田
花屋さんで。

小田
もともとうちの父親はカメラマンだったんです。で、カメラマンを辞めて、親父、花屋になったんですよ。それ、僕が小学生のころなんですけど。
その、自分のなかで花屋さんのイメージっていうのは自分の父親の店だったので、どちらかというと、八百屋さんとか魚屋さんとかと同じ、市場で仕入れてきたものを売ります、そういう位置づけだったんです。
だけど、花屋さんて、仕入れてきて、例えば花束作ったりアレンジメントしたり活けこみしたり、カタチを変えて売ったりするじゃないですか。そういう花屋の仕事っていうのを知らなくて。とにかく仕入れたものを売る。
それが、僕が23歳ぐらいのときなんですけど、ヨーロッパぶらぶらしてたときに。当時、インテリアにすごく興味あったので、インテリアショップとか雑貨屋さんとかいろいろ回ってる中で、すごいかっこいい店があって。フランスのあるセレクトショップで、そこでこう、「もうちょっとこっち」みたいな、配置を指示する偉そうなおっちゃんがおったんです。ああー、この人たぶんすごいデザイナーさんなんやなあと。

岩田
それは花の配置ですか。

小田
それも含めてすべてでした。だから花屋やと思わんかったんですよ。そのあとにその人が花屋と知って。
花瓶とかお皿とか「もうちょいこっちこっち」ってやってるんですよ。空間がその人に託されて、支配されてるわけですよね。
うちの花屋とぜんぜん違うやん、同じ花屋なのにカッコええなあと思って。
それで、日本帰って、「花屋ちょっと入ってええか?」って。
親父、反対だったんですよ。
岩田
あっ、そうだったんですか。

小田
「ダメ」って言われて。
「いや、でもねえ、ちょっとカッコ良かったし、自分もそういう花屋になりたいから」って。

岩田
ダメっていうお父さん珍しいですね(笑)。

小田
勉強させてくれ、と。
で、入って。で、花の仕事をいろいろして。
とにかく空間を作っていきたい、そのなかの植物部門を僕がやって、カッコいい空間を作りたいっていう思いがあったんですよ。
で、まあ、その、一流のインテリアデザイナー、一流の照明デザイナーと仕事するためには、僕も一流の植物を扱う人間にならないとなあ、っていうので、いろいろ勉強したんですけど。
まあ、当時は二流か三流かわからんですけど、それでもカッコいい空間を作ろうと頑張って、作るじゃないですか。で、その時なりにかっこいい空間ができました。で、お客さんが来て、「かっこいいね」「かっこいいね」「そうでしょ」みたいな感じになって。
そうやってできあがったんですけど、一週間後に僕の植物だけ、枯れるわけですよ。
ようは切花でやってたから。

岩田
はい。
小田
照明とか机とか什器とか音楽とか、あとのはカッコいいままなんですよ。
だけど、僕の植物だけ枯れてゴミになっとるわけですね。
なんやそれ、と思って。すごい残念で。
結局、ずーっとそのキレイなアレンジメントを入れ続けれたとしても、やっぱり基本的に切り花っていうのはそのときがいちばん美しい。温度があると、チューリップはひゅーっと伸びるんですよ。僕はここの位置のチューリップがかっこいいなと思ってたのに、ほんの数時間で伸びちゃうんですよね。
完成度が高い状態のものを維持できない。写真でしか維持できないっていうのがすごい残念で。
ああ、じゃあ時間が経てば経つほどカッコよくなる植物にしよう、っていうことで、切花はもうやめて、土付きの植物になったんですよ。
で、土付きの植物で頑張ろうと思ったんですけど、まあ当時ね、周りは大量生産の植物ばっかりで、僕もそれを並べるんだけど、向こうの花屋さんも同じもの売ってる。うちが一万円で売ってたら、向こうの花屋さん5000円で売ってる。「向こうの方が安いからいいね」とか言われる。それを選ぶ行為っていうのは僕じゃなくても誰でもできるし、みんなやってる。
つまんないなあっていうことで、一品ものの植物を求めるようになって。その後は、植物本来の力っていうことを考え始めるようになって。その力が発揮できてるカタチであったり動きであったり、そういうのを求めて探し始めるようになって。
で、自分の目で見て自分で選ぶ、っていうスタイルになったんです。

岩田
そういうビジョンみたいなものって、当初から何かを通して発信されてたんですか?

小田
いや、あのー、自分の花屋は持ってたんですけど。

岩田
広島ですよね。
小田
広島です。
そのー、ほんの数える程度の農家に行って、ものをチョイスして、店に置いて紹介する。もしくはブログとかでちょっと写真撮って紹介するレベルですよね。
だから発信力もとくにないし、店に来た人に勧める、ぐらいのもんでした。

岩田
どこで拡散したんですか?

小田
ちょっと遡って、親の花屋におったころの話ですけど、まあ、あるネイルサロンに毎週アレンジメントを入れるっていう仕事をしとったんですね。で、いつものように持ってったんですよ。
そしてらそこのネイルサロンのお客さん、おばあさんが、「お兄ちゃん、いい花入れるじゃない」「ああ、どうもありがとうございます」って。

岩田
それ、切花ですよね?

小田
切花です。
「なかなかいいもの持ってるんじゃないの」
「どうもありがとうございます」
「どこでやってるの?」
「ああ、すぐそこです」
「あっ、そう。あとで行くわ」みたいになって、あとで来られたんですよ。
で、その方、来られてビックリされて、「なに、ここ!?」って。
すごく小さな作業場みたいな店なんですよ。
「お兄ちゃんね、こんなとこでやってたらね、お兄ちゃんのこと、いいっていう人いないよ」

岩田
ほお。
小田
「馬子にも衣装じゃないけど、もうちょっとちゃんとしたところで仕事しないと、あなたの良さっていうのは世に広まりません」

岩田
ほお。

小田
って言われて。「自分で店持ちなさい」って言われたんですよ。
「店持ちたいんですけどね、まだちょっといい物件とかないですね」
ならそのおばあさんが次の日また来て、「私あの、ビル買うから。そこの一階でやったらどう」みたいな。

岩田
(笑)

小田
「ほんまですか。どこですか?」って言ったらすぐそこ。
ものすごく近いんですよ。歩いて1分ぐらいのとこなんですよ。
あそこでもし成功したらこれ、親のお客さん取っちゃうし、成功しないならしないでそれはイタイし、これどっちもまずいなあ。
「これ、近すぎるんでやめます」みたいに言ったんですよ。
「ああ、そお。いいと思うんだけどねえ」みたいに。

岩田
何歳のおばあちゃんなんですか?

小田
当時72歳ぐらいですね。
で、また次の日来て、「どうお兄ちゃん」
「やっぱりちょっと難しいと思います」
「まあでも、そういわずに一回物件見に行く?」みたいな。
「ああ、そうですか」
で、行ったら、裏に庭がある物件だったんですよ。広島のなかではかなり街中なので、そういうとこで庭があるとか、ないんですよね。すごいいい物件で。
これはもう絶対自分らしい店をやって、親の客取るとか取らんとかじゃなくて、自分がやってく価値がある場所だなあと思って。
「やります」って言って。
そこで花屋立ち上げたんですよ。
岩田
そこそこ家賃はするんじゃないですか?

小田
します。
まあしますけど、東京と比べたらぜんぜん安いですよね。
で始めたんですよ。で、その半年後に、その店に世界的なアートコレクターさんが来たんですよ。
店を移動してなかったら一生来てないでしょうね。そのおばあさんが言ったとおり、ほんまに大物が来て、で、そのときに、そこに僕のへんてこりんな植物があったんですよ。多肉植物が。
「これ何?」みたいな。
「ああ、これはこういう植物でこうなんですよ」って今みたいに説明して。
「ああ、君、面白いね」みたいなことで気に入ってもらって、話が進んでいくんですけど。
そこがスタートですね。

岩田
わりかし小田さんって、大御所というか、年輩の方から拾われるというか、その繋がりが多いというか。
当然といえば当然かもしれないですけど、あのー、農家さんの話とかも、サボテンのノウハウを教えてくれる人、その道の何十年という方とかもおじいさんですね。

小田
あの、僕が仕入れに行くサボテンのおじいちゃんたちっていうのは、サボテンのことしかよくわかんない。サボテンのことだけはよく知ってて、でもほかの世の中どうなってるとか、ファッションがどうとか、音楽がどうとか、まったくわかんない。とにかくサボテン大好き。そういうおじいちゃん。
そういうところで仕入れて、でも見せる場所は、例えばアパレル業界だったりギャラリーだったり。陶芸家さんと組むとかもありますし。けっこう華やかな場所でやったり、すごい人と組んだりさせてもらってるんですけど。
もう、真逆というか、世界が違いすぎるんですよ。
岩田
はいはい。

小田
どっちも年輩の人たちが多いんですけど、世界が違い過ぎる。かたやビジュアル的な世界の人たち、かたやそういうのどうでもええ、サボテン一本みたいな人たち。
こっちの世界からそっちの世界にものを動かして。お互いまったく噛み合わない世界にいて、僕がそれを繋ぐ。それが自分の役割かな、みたいな。
で、ここでの評価とそっちでの評価のギャップを僕が楽しむ。そういう感じですね。
マニアックなサボテンの世界での一級品っていうのは、一般の人が見ても「うんうん、まあすごいね」ってなる。だけどその世界ではぜんぜん名品じゃない「こんなのどこがいいの?」みたいなガラクタサボテンを僕が選りすぐって、その個体の良さを引き出すような鉢に植えて、ステージにあげてやる。
そうすると、一級品よりも、もっと大きな感激を与えることができることがあって。
そういうギャップを楽しみたいなあっていうのがありますね。

岩田
その、こっち側の、何というか、メディアステージというか、アーティストステージの人たちっていうのは、そのアートコレクターさんから繋がっていったと?

小田
最初はそうですね。そのアートコレクターさんもそうですけど、そっから広がる建築家とか、陶芸家とか、写真家とか。最初はギャラリーとかも基本的にアートコレクターさんの繋がりで。
で、そこで知り合ったまた別の人たちと繋がって、そこからまた派生して。そんな感じですね。もともとは最初に見出してくれたアートコレクターさんが始まりです。
だけどそっち(農家のおじいさん)は、アートの世界とはまったく違う世界なんで自分で開発していかないと。

岩田
僕、そっちの世界も興味あるんですね。

小田
ああ、そうですか。
次号につづく
窪田 憲次朗(以下、窪田)
靴下をぴったり履きたいという人の気持ちもわかるけども、仮にぴったりした靴下を履いちゃうと、今度はつま先とか踵とかにテンションがかかって穴が開きやすい。人によっては特に爪が当たって靴下が破れやすくなる。踵もこすれ方が強くなる。強度面で問題が出てくる。
そういう意味では、ある程度余裕があって靴下が動いてくれたほうが長く保てるわけなんですよ。

岩田
履き心地では落ちるんですか?

窪田
その辺が難しいところで。
あんまり大きい靴下は当然履き心地は悪いですよ。だから許容範囲っていうのはありますけど。ただそういう理由もあって、表示サイズより若干うちは大きめには作ってあるんですよ。
あと、洗濯するとある程度目が詰まるので、買ってきたまんまを履くよりは、一回洗ったほうがフィット性はよくなるんです。
さっき靴下を成型するっていう話をしましたけど、型に入れて蒸気でセットするわけですよね。そうすると、シワを伸ばすために拡げられて少し大きめになってる。それをもとに戻すためにはワンウォッシュして、本来の伸度、度目になるようにやってやれば、履き心地としてはフィット感がよくなる。
だから最初のものよりは一回洗った方が、足入れしたときが気持ちいいですよね。

岩田
例えばワンウォッシュせずに履いてしまって、そのあとで洗濯した場合と、最初からワンウォッシュした場合とでは、何か違いがあるんですか?
窪田
基本、一緒ですね。

岩田
じゃあ、必ずしも最初にワンウォッシュしなくても、履いて、なんか違うなあっていう感覚を味わった後に次はワンウォッシュして履いてみるっていうのも、違いが知れるから、あり?

窪田
ありですよね。
ただ、コットンとウールの蒸気セットは工程が違うんです。ウールの場合は縮絨っていって、一回風合い出しのために洗うんですよ。ソーピングっていうんですけど。どうしてもウールの場合は硬い部分があるので、柔らかくするために、作ったあとに後加工で洗いをかけるんです。

岩田
ソーピングって石鹸のソープ?

窪田
石鹸のソープですね。
編み立て後に中性洗剤を使って糸を紡績するさいの余分な脂を落として、リンスみたいな柔軟剤をかけ、柔らかく風合いを出すっていうのがウールのやり方なんです。特に紡毛は。
で、コットンの場合もソーピングすることはあるんですけど、基本は編み立てしたものにそのまま蒸気をあてて成型するっていうやりかたなんです。そうすると、編み機の油がいくらかはどうしても残るんですね。
そういう意味でも、神経質な人は一回洗ったほうが油も落ちるしフィット性も良くなるよ、ということになるんですけど。

岩田
なるほど。
窪田
例えば下着を買っても、そのまま着る人と一回洗う人といるじゃないですか。洗ったほうが着心地がいいですよね。
私は買ってきたやつはなんでも先に洗っちゃいますね。

岩田
洗濯機のウール洗いとかで大丈夫ですか?

窪田
ぜんぜん平気です。 ただ靴下の場合は他の衣類と絡むんで、ネットに入れて洗うっていうのが

岩田
常識?

窪田
そうしてもらわないと、部分的に変に伸びてしまったり、またウールは縮む原因になるので、基本はそういう洗い方ですね。

岩田
あと靴下の畳み方なんですけど、箪笥とかにしまっておくときの。あれ、うちの場合、まあよくないと思うんですけど、くるくるって丸めて最後にゴム口の部分を裏返してまとめてるんですよ。ばらけないように。

窪田
私もそのやり方ですけど。
岩田
あっ、大丈夫なんですか。
それで伸びちゃったりしないものなんですか?

窪田
ゴムはダメにならないですね。ゴムがいちばんダメになるのは塩素系なので。
今は規制があるので漂白剤が入った洗剤でも塩素じゃなくて酵素とか、そういうものが入ってたりするので、ほとんど関係ないんですけど。
ただ水道はいくらか残留塩素みたいな話がありますよね。で、まあこれは東京の水はおいしくなったみたいな話はあるんですけど、どうしても塩素を使って殺菌するみたいなところがあって。
で、靴下を干すときに、洗濯バサミでつま先を上にしてとめて干す人と、ゴム口を上にして干す人といるんですよね。
基本はゴム口を上にして干してください。陰干ししてください。

でも、洗濯バサミから外すときにバンって靴下を引っ張ってとる人とかいるんですけど、そういう人はつま先でとめてる人が多いんですよね。

岩田
乱暴な人ですね。

窪田
そう。乱暴な人がけっこういるんですよ。
で、なぜこれがダメかっていうと、干すと、水分は下に落ちてきますよね。で、つま先を上にして干すと最終的に水分がゴム口のところへ行くんですよ。
それを続けていると、塩田じゃないんですけど、さっき言った水道の残留塩素、どんどんその濃度が高くなって、まあ、ちょっとそれは大袈裟だけどゴムに対して少なからず影響はあるんですよ。ゴムの劣化が早くなる。

あと、干すときに直射日光に当てない。
岩田
ああー。ふーん。

窪田
直射日光っていうことは、紫外線を浴びるということなので、劣化させるのは紫外線がやっぱり強いんですよ。特にポリウレタン系は紫外線でやられやすい。
糸自体は日に焼けて色が褪せるだけなんですけど、ポリウレタン系はやられちゃうんで。基本は陰干し。


岩田
それは何事に対してもそうなんですよね、洗濯物って。

窪田
基本は。
パリッとしたいとかいうなら…

岩田
うちはがんがん当ててますよ。

窪田
(笑)

岩田
なるべく当てるようにしてるくらいですよ(笑)。

窪田
あのー、例えばタオルとか肌着とか白っぽいものに関してはそれでOKだと思いますけど、色物にかんしては裏返して干すのがいちばんいいです。
岩田
うちがというより、僕は個人的に裏返してます。

窪田
裏返してください。それが正解です。
裏返して、ネットで洗って、干すときはなおかつゴム口は上にすると。

岩田
あとですね、僕の場合だと、昔、子どものころは必ず親指から靴下が破れたんですけど、最近はまあ、踵から破れる始末で。
破れてしまうのは、いかんともしがたいものなんですか?

窪田
子どものころつま先から破れたっていうのは、成長期だからというのもあるんですけど、テンションが親指にかかってる。
靴下は靴を履かなければ破れないですから、

岩田
靴を履くことによって破れる?
窪田
そう。靴が干渉してるわけですよ。
うちね、実をいうと学校関係の靴下も作ってるんですが、小学生はよく穴があくので、強くしろと言われるんですよ。原因は休み時間にそのままサッカーとか、走り回ったり運動量が多いから。
サッカーだとボールをつま先で蹴るから、親指のところと靴とのあいだに靴下が挟まって爪で切れるわけですよ。靴下は衝撃に弱いんですよ。堅いモノにあたることによって生地が切れちゃう。
で、踵の場合は、切れるんじゃなくて摩耗なんですよ。
だから踵の場合は、薄くなってネット状のものが残って、ちょっともう貧乏くさいから捨てましょう、みたいな。踵は擦れることで生地が徐々になくなって最終的に破れる。
ところがつま先の部分は、

岩田
切れるんですね?

窪田
切れちゃうんですよ。裏糸も一緒に切っちゃうんで、穴が空いちゃうんですよ。

岩田
すぐ破れる人っていうのは靴との絡みがあると考えた方がいいんですね?

窪田
そうです。だから踵が破れたりとかつま先が破れたりとかするのは、たいてい靴のつま先の部分に余裕がなかったり、自分の足のサイズより小さい靴下を履きすぎてるみたいな話で。ほかの場所はぜんぜん問題ないのに、そこだけダメになっちゃったっていう時の原因は、そういうことが多いですね。
あと、ちゃんと爪の手入れもする。実は僕もね、つい2、3日前につま先が2回つづけて破れたんですよ。もちろん長く履いてた靴下だったんで破れて当たり前だったんですけど、気が付いたら親指の爪が少し予想外に伸びてましたね。慌てて切りましたけど。
それと踵がすぐ擦り切れちゃうっていうことについては、例えば紐靴とスリッポンだと、明らかに紐靴の方がすり減りにくい。ようは足に合わせて紐で調節するわけだから、靴の中で踵の動く量が少ないんですよね。
逆にスリッポンは踵の動く量が大きいから摩擦が起きやすいんで、踵がすり減りやすい。
結局そこに過度の負荷がかかって、靴下が代わりにすり減ってくれることで直接肌に負担がかからないようになってる。だからよく破けるとかダメになっちゃう人は、靴を考え直したほうがいいよっていうふうに、まあ靴下屋の立場で話をしてしまいますけど(笑)。

岩田
なるほど。ありがとうございました。あとでいろいろ撮影をさせてください。
すいません、長々と。思った以上に時間が伸びました。

窪田
とりとめもない話で申し訳ないです。

岩田
いえいえ、いろんな話が伺えてよかったです。
これで窪田さんとの話はおしまいです。
お読みいただきありがとうございました。
最後に、お話に出てきた靴下に関するHow Toポイントを以下にまとめてみたいと思います。

基本は、靴下は履いてみないとわからない。
なので、初めての店ならまとめて買うのではなく、とりあえず一足買って様子を見るのがベター。
あえて見分けるとしたら、大量生産された靴下についてはポリウレタンの伸度でフィット調整させるものが多くあるので、靴下自体が小さくなる。靴下が小さいか大きいかで、レベルの高い靴下がどうかを判断できないこともない。

買ったら一回洗うのがお勧め。度目が詰まりフィット感が良くなるほか、製造段階で付着した油が落ちるため。

ネットに入れてウール洗いでOK。
干すときは陰干し(紫外線による色落ちを防ぐため)で。
また、ゴム口を上にして干すこと。

靴下は、靴との摩擦やあたりによって破れたり摩耗するので、足が中で動かない靴、自分の足にあった靴を履くことが大事。爪は小まめに切ること。
大西 暢夫(以下、大西)
そんなんで今、糸の話に非常に興味を持ってて。
特に岐阜なんていうのは面白い地域なんですよ、

岩田
紡績ですよね。

大西
紡績。あれは、まあ綿ですけど。

岩田
コットンなんだ、岐阜近郊は。

大西
そうです。

岩田
たしか岐阜でも東濃のほうへ行くと、

大西
もちろんやってますよ。シルクもやってるんだけど、やっぱり長野県がいちばん。諏訪とか、

岩田
諏訪ですか。

大西
諏訪、岡谷、

岩田
ディープなところですね(笑)。
© 大西暢夫
大西
あの辺がいちばんのシルク産地。でもいちばんって言っても知れてますよ。昔に比べれば。
そういうおばあちゃんと話ができるのは、もうたぶんあと5年もないだろうな。

岩田
最後は話を聞く人がいなくなるんじゃないですか?
大西さんが取材する対象がいなくなるんじゃないですか?

大西
うーん。まあ、いなくなるでしょうね。

岩田
何を取材しているんでしょうね、そのとき大西さんは。

大西
何でしょうね。 でも、何かありますよ。

岩田
うーん。そうですよね。

大西
今も精神病院の取材も長くやってるし。取材対象はいくらでもいると思うんで。
精神病院ていうのは、衣食住の住、住むっていうことの1つのジャンルだと思ってるんですけど、

岩田
うん。閉鎖病棟に住むっていうことですね。
© 大西暢夫
大西
そう。やっぱり、それは1つの大きな社会問題ですし。60年退院したことない人がザラにいますから。

岩田
ふーん。

大西
そういう人たちとこう向き合って喋って。社会の常識がぜんぜん通じないですよ。
500円玉知ってますか? っていう話だから。
そういう人たちとずーっとこうやって喋ってて。戦争の話からピタッと歴史が止まってて。それからずっと入院してますから。もうあと数年で亡くなります、って人たちばっかりと向き合って。で、写真撮って。
そういう人たちがいっぱいいる。でも誰も知らないじゃないですか。毎月そういう人たちと会ってて。
徳山村みたいな住む、幸せに住むっていうパターンもあるけど、まったく異色の住み方もある。それはそれで、やっぱりカメラ向けてるのは基本的には僕しかいないので。入れないので、病院の中には。僕はまあ縁あって入れる存在なので入ってますけど。
そういう人たちにレンズを向けていきながら、住むっていうことが、福島の原発のように住処を追われていく人、それから精神病院のように、世間から追われてどうしても世の中に出られない人たちがいっぱいいる。そういう住み方がある。
なんかそういうのを記録に抑えて、「どう思いますか?」っていうことを、自分が意見を持てるまで取材は続ける。自分の考え方が言葉にちゃんとできるぐらいまで取材は続ける。そう思っていて。
ほんと切ない現場ですからね。笑ってらんないよね、って思う現場ですけど。

岩田
精神病院は難しいんでしょうけど、被災地とかもね、今からでもいいからみんな一回は見ておいた方が、ね
© 大西暢夫
大西
見ておいた方がいい。
精神病院はちょっとね、物理的に見れないかもしれないけども、でもやっぱりね、何事も知らないと差別って産むんですよ。知らないヤツがいちばん差別の発端を作っちゃう。
で、いっぱい語る人ってけっこう知らない人が多い。いろんなことを語る人はけっこう知らない人が多い

岩田
(笑)

大西
やっぱり現場を見てきてる人たちって、言葉が少なかったりするかもしれないですけど、

岩田
言葉が消えていくんですか?

大西
なんて言うんですかね、あんまり語れない。
今月は3回くらい行ってるんですけど、来週も藤沢市の病院へ行くんです。今、僕が作った写真集の患者さんたちに10年ぶりに会いに行ってて。
で、10年たっててもいるんですよ。「よぉ、久しぶりだね」って言って。向こうも喜んでくれるんですけど、「そういうのどう思いますか?」っていうことなんですよね。
10年たって再会するんですよ。年寄りでもないのに、行けば絶対に会えるっていう。
そういう人たちが世の中にいっぱいいる。
つまりこの10年間、いろんなことを僕はやってるんだけど、彼らはアクションのない生活を10年間やってて。 自分の意志で彼らは動けないですから。外に出ること、買い物に行きたいということ、ちょっとコンビニに行くっていうことすら制限されてる人たちですから。やっぱり病院の中。
何がしたいっていうことは言えるんだけど、彼らはそこで非常にブレーキのかかる世界に住んでる。で、そのバックには大きな社会問題が控えてるんだけど、なるべくみんな蓋を開けようとしないので。
ときどきペッて蓋を開けたりするんですよ、僕。だから精神科医に怒られるんです。そういうことやるから。
でも、15年前に僕がカメラを持って入り始めたころは、いろんな人に怒られましたよ。ホントに「どこだと思ってるんだ?」っていうことを精神科医にさんざん言われましたからね。
© 大西暢夫
岩田
ふーん。

大西
「ここは人を治療する場であって、カメラを持ち込む場所じゃない」っていうことをさんざん言われましたからね。

岩田
でも許可をもらって入ってるんですよね。

大西
入ってるんですけど、やっぱりね、看護側と医療側っていうのは別世界なので。
ナースは慨して世間に知ってもらいたいっていう気持ちはあるけど、ドクターはそうじゃないですね。

岩田
ああ、そうなんですか。

大西
ぜんぜん違う世界なので。

岩田
ふーん。そもそもは院長さんが取材許可を。

大西
うん。院長とドクターっていうのもまたちょっと違ってて。
院長がドクターの場合もあるけど、院長がドクターじゃないところもあるんで、いろいろなんですよ。
そういう社会問題も15年やって、患者さんと鉄格子のなか、昔でいう鉄格子、今はもうないですけど、そういう部屋で二人っきりで喋って。で、どれだけ冒険しようかってことを考えてた時期もあって。なんでも世の中に出していきたいと思ってたんだけど。
今2本連載をやってるんですけど、1つは、長期で入院してる患者さんの肖像写真を撮ってインタビューして、っていうのを毎月やってて。それが今160回ぐらいになってるんですかね、
© 大西暢夫
岩田
160人にインタビューしたんですか?

大西
うん。毎月1回で160人だから十何年でしょ。ずーっとやってて。
何十年と入院してる患者さんが普通に出てくる。実名も出して病院名もぜんぶ出すっていう。
そういうこと一つとっても、賛否両論、病院界ではあったと思います。だけど「いいじゃん、出れば」って言って。「うるさいな」と思って(笑)

岩田
(笑)

大西
だって「出たい」って言うんだもん。

岩田
患者さんが?

大西
そう。で、オレは出したいと思ってるから。
そこに介入してくる医者がいるわけですよ。「うるさいわー」って思うんですよね。

岩田
(笑)

大西
だって成人ですもん。立派な。
知的障害でもないし。精神障害、中途障害の人たちだから。自分たちで自己判断できるはずなので、そこで仲介してくる人たちがすごくブレーキをかける。
そういうことに、反発したくなるというか。
それでも取材を長く続けると、もう連載が当たり前になってきてるので、もう通常どおり
© 大西暢夫
岩田
やりましたね。

大西
今はやれるようになったんですけど。
でも今でもやっぱりブーブー言ってる医者はいっぱいいると思うよ。
十何年も取材していくうちに、今、ナースも僕より歳下になった。逆転しましたからね。昔は歳上ばっかりだったのが今は歳下ばかりになって。師長とか部長クラスがだいたい僕の歳になってるので。狭い世界だから今ではみんな知ってるし。
全国学会っていうのがあるんですけど、今ではそのオープニングが僕の写真を使うことになって。5分間、ミスターチルドレンの曲が僕の写真にくっつくんだけど、今年もそれが6月にあって、患者さんの写真がずらーと出てくる。それがオープニングになったっていうことで、どれだけこの業界が変わってくれたかっていうことだよね。

岩田
すごいね。

大西
あり得なかったもの、そんなことは。
1500人ぐらいお客さんがいる前で、患者さんの写真がずらーっとスクロールして。
次号につづく
もしかしたら僕もこの方向で鍛えれば土方先生になってしまうんじゃないかと。
そうだね。
まずいことに。
そうだね(笑)。
まずくはないね(笑)。ハッピーですけど。
イワタ君はメソッドまでわかってるもんね。
もうここの差って、リミットをどこに設定してるかっていうだけの違いじゃない?
オレにもリミッターはあるけど、例えばオレは7000回転まで回していいみたいな感じだとしたら、それがたまたま5000ぐらいとか。それだけの違いじゃない?
いや、決して女の人を切らないっていう話は、僕には衝撃的でしたよ。
オレもちょいちょい切りそうにはなるけどね。でも、これはいかんやろって。「ちょっとごめん、もう一回」みたいな。
ああ、そうなんだ。
「タイム、タイム、今のなしで」みたいな。
今のなしで、やるんだ。
やる。けっこう惨めったらしい。
そうなんだ。
そういうときもありますよ、そりゃ。
ホントにイワタ君との差はごく僅差だと思う。
うーん。…オレもそんな気がしてきた(笑)。
でしょ。
いけるなあ。
いけるよ。
スイッチさえ入れば。
ようは本人のやる気の問題だと思う。
(笑)
(笑)
だいぶ自意識消すじゃないですか。
はい。
僕も自意識は消そうとするんだけど、ずっとずっと先行ってるなあと。
ちょっと放擲しちゃってるようなとこがある。
うちの子が4歳児なんだけど、これまた僕の師匠みたいなもんで。まるで自意識がない。
2歳になると恥の感覚を知るとかって言うじゃない。なんもなくて。
恥知らず?
恥知らずで。
いい子だね。
風呂出た後に、カーテン開いてんだよ。パンツ穿かない。
で、自分の股を両手で持ってでんぐり返しする。
いいね。いい子だな。
「待て待て! 今、お尻の穴が見えたぞ。それはいけないことだから」って。
「いちおう、パンツだけは穿こう」って。
あっ、そうなんだ。
ここは、もう、しゃあないです。
なるほどね。
そういうときに一緒にちんちん出してるもの、オレ。
カーテン開けてるのに?
うん、そう。「むしろオレが出してやる」みたいな。
「しまって!」って言われる。
(笑)
「やめて!」って言われる。
すごいな。
子どもが間違ってないのはわかるんですよ。だけどね、「このままでは、生きてかれへんぞ!」って。
(笑)
どっかで、その、最低限のレールだけはのせておかないと。それが僕の中では「パンツを穿こう」
なるほどね。
うちは昔、友だちの車に乗ってるあいだ、ずっと助手席でパンツ下ろしてたから。
え!? 友だちの車でパンツ下ろしたの?
オレじゃないよ。オレは後ろにおった。
(笑)
ずっと丸出しで乗ってた。
うちの悠之介がまだ2歳ぐらいのころかな、公園で遊んでて、そしたら3歳の男の子が、「虫がいるー!」って。砂場で遊んでたら、「虫がいるー!」って。「えっ、虫!?」みたいに悠之介も喜んで見に行って、2人でジャンプして喜んでるんですよ。
なんだろうと思って僕も行ったら、ウンコがあってハエがたかってたんです。
(笑)
それを素手で触ろうとしてたんですよ。
で、僕は、石を渡したんですよ。「石でつつけ」と。
で、石でつついてたところに、先方のママさんが「虫いるの? ほんと? なになに、見せて」って来て、見た瞬間に、「なにこれ! ウンコじゃないの!」って。えらい剣幕になって。
面白いね。
この話をしたら、同級生の女の子に「先方のママさんはイワタ君になんでとめてくれなかったのって言ってると思うよ」って言われたのね。
だからオレとしては、石を使うことを教えました…っていう。
ある意味、イワタ君がモノリスみたいな。
やつらは類人猿だから。
もうなんなら手で掴もうかぐらいで。
デーデー
デーン
テレー!
( …交響詩「ツァラツストラかく語りき」が脳内で流れてます。)
進化の1ページだね。
いちおう僕の立ち位置ですよ。彼らは手でウンコを触ろうとする。それはまったく正しいと。
だから折衷案だよね。
そう、折衷案なの。…オレは妥協で生きてるな。
いや、みんなそうですよ。
人生は妥協してなんぼだと思うよ。
次号につづく

DIOR HOMME 15AWスタートします

レザーバッグ、スニーカー、ウォレットとアクセサリをメインにした15年秋冬ファーストデリバリーがもう間もなく!

LARDINI 秋冬ジャケット カウントダウン!

上質な着心地と素材感で優雅なジャケットスタイルを完成させる「ラルディーニ」の秋冬新作販売が間もなくスタート。ミックスツイードを採用したジャケットから、今季は新たにニットジャケットまで登場予定。





ヒューゴボス、ロエベ、ヴァレクストラなどなど。
ヒューゴボスの秋冬シーズンがもうまもなく。ゴルフラインの「GREEN」、セカンドカジュアルライン「ORANGE」を中心に充実の第一弾が待機しています。ロエベからはロゴを全面に出したトートバッグが色違いで、前シーズンにさらにバリエーションアップ。完売必至ですので、ご期待ください。ヴァレクストラやボッテガヴェネタの革小物もたっぷりリリース予定しています!




ここ最近ウイスキーの値段が上がってます。なにやら最近原料の麦が世界的に不作で高騰してるよ~とかなんとか。まあ物の値段というのは基本的に上がっていくものだとは分かってるんですが、ウイスキーって仕込んでから出来上がるまで何年もかかるんじゃなかったっけ。仕込んだ当時は原料高くなかったんじゃなかったっけ?今仕込んだ物が数年後高くなるんじゃないのかよ~。
(中本)


クラブの深夜営業規制緩和が成立。20代時分にずいぶんお世話になった店が見せしめのように次々と摘発を受けて(笑)、「遊び場」を奪われてしまった自分へのせめてもの慰めとする。某クラブ@新木場のようにルールを変えて生き残るのもありだけど、「健全」のはき違えはよくない。やっぱクラブって淫靡であるべきだよ。
(西岡)


念願の、遂に念願のスターウォーズ展へ行ってまいりました、普段は重い腰を上げて。開催期間終了間近かつ平日だったせいか、とてもとても空いておりまして、鼻歌交じりにヴェイダー卿と闘ったり、記念写真を撮ったりしちゃいました。
GW中に大混雑の中に行かなくてなくてよかったなぁ、本当に。
その他詳細についてはあえて触れませんが、兎にも角にもただ一つの心残りといえば欲しかったイウォークのぬいぐるみが完売していたこと。。。
やっぱり限定ものってすぐなくなっちゃうんですね、悔やまれる。

(小池)


父の日に4歳の息子から拙い字で「かたたたき」と書かれた券をもらいました。わずか3分のコースでしたが、券を見せればまたたたくといいます。
「無限に使えるの?」「そう」
感動しました。無限回数券です。子どもに無限の概念があるのかは知りません。数週間もすれば、子どもはこの券のことすら忘れてしまうと思います。でも僕はすべてを理解しました。今、この瞬間、無限にたたくと言っていることが大切なのです。つまり僕は思うのですが「一生好きだよ」と、その瞬間の気持ちを純粋に言えば良いわけです。たとえ数年後にそんなことは忘れてしまおうが。

(岩田)